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タイヌビエについて

タイヌビエについて今回は語ります。え、水草じゃないだろって?いや雑草でしょ、といろいろ飛んできそうですがタイヌビエは水草ですしめっちゃ面白いんですよ!

 

イネに化ける

タイヌビエという、水田地帯ではごくありふれた水草がある。秋になって水田が実る季節になると、突然稲の合間から次々に穂が出てくる。これがタイヌビエである。大発生した水田ではイネの茎数が減少し穂が著しく減り、収量が減少するため農家からは非常に嫌われている。

穂が出る前のタイヌビエを発見するのは困難である。というのもタイヌビエはイネにそっくりで、一見しただけではほとんど区別がつかないからだ。タイヌビエは、人間が作ってしまった雑草と言える。数千年に及ぶ稲作の歴史において人間が目で見て雑草を駆除した結果、イネとよく似たものばかりが選抜されて、ついには究極のイネ擬態雑草が生まれてしまったのだ。タイヌビエとイネの判別点は葉耳および葉舌の有無であり、これらはイネにおいて葉と葉鞘の境目に生える毛のような構造である。しかしタイヌビエではこれらがない代わりに、そこに白いバンドを持っており遠目では見分けがつかない。それどころか、一部の個体群ではここに密な短毛をもちこのポイントに関しても対策されてしまっている。

 

リアルタイムに「水草」への進化を遂げつつある植物

水田という環境への適応もみられる。同じく湿った場所によく生えるイヌビエが水中や泥の中で発芽している姿を見ることは経験上あまりない。水草を栽培していても時々イヌビエやタイヌビエが出てきてしまって困るが、イヌビエが出てきてしまうのはたいてい水を浅くしすぎた際である。湛水条件ではタイヌビエが2㎝覆土まで発芽率が高かったのに対し、イヌビエでは1.5㎝以上の覆土では発芽できないというデータがある。(片岡・金 1978a)また、酸素要求度は水田には普通生じず陸地に生えるヒメイヌビエ>イヌビエ>タイヌビエの順であることが知られており、イヌホタルイやコナギと並んで貧酸素条件下で発芽することが知られている一方で、多くの水草と異なり好気条件でも発芽は抑制されない。(片岡・金 1978b)タイヌビエ以外のヒエ類は湿地を好むがあまり抽水条件を好まないことを加味すると、こうした酸素要求量の低さは水田という環境に適応した結果ではないかと私は考えている。酸素要求量の低さは嫌気呼吸としてアルコール発酵を用いることによるとされており(Yamasue et al., 1987)、発芽した種子は急激に子葉鞘を伸ばして水面に到達し酸素を確保してから第一葉を展開し発根する。(山末2001)この性質のため、タイヌビエは水中で発芽することはできてもあまり深い水深では成長できない。(ただイネもそうなので、両者の差は程度の問題だ)こうした性質からしても、タイヌビエは水田という環境に適応途上で、イネにあわせて今まさに水草になりつつある植物であることが予想される。

 

イヌビエvsタイヌビエ

タイヌビエの原種はイヌビエであるが、イヌビエは根本が赤く分蘖の際に横に広がる(開張型)。葉の質感もあまりイネらしくはない。イヌビエは休耕田や湿って肥沃な空き地などで繁茂しているのをよく見かける。タイヌビエに比べて乾燥にも強いようで、特に水が張られていない場所にも多い。開張型であることには生存上有利な形質であり、たとえば葉が太陽光に対して斜めに生えることで光合成の効率が上がったり、他の湿性植物の上にのし掛かることによって競争相手を排除するために有効である。日本で育てられているようなジャポニカ米にはこのような性質をもつものはいないが、インディカ米にはよくみられる性質である。従来このような開張型は品種改良において嫌われ排除されてきたが、上述したようなメリットがあることから将来的なイネの品種改良の方向性として期待されている。(Kato & Horibata, 2017)。事実、手で除草する時代が終わった現在においては開張型であるイヌビエが増加し、直立型のタイヌビエが駆逐されつつあるとの指摘がある。(富永・三浦2010)

 

タイヌビエからイネの伝播がわかるか?

さて、タイヌビエは東アジアから東南アジアにかけて分布している。この分布は上述したようなジャポニカ米の分布と多くの部分で重なるようにみえ、興味深い。日本においては弥生時代以降の遺跡から確認されており、自然の湿地ではあまり見られない(イヌビエの方が優勢になってしまう)ことからも、稲作の伝播に伴った史前帰化種であろうと考えられている。タイヌビエには小穂の形態が2タイプある。第一小花の外穎が革化膨出し光沢を帯びるC型が優性、第一小花の外穎が兵站で光沢を持たないF型が劣性遺伝である。このC型とF型には興味深いことに明瞭な地理的傾向があり、C型は北日本から日本海側までと千葉半島に多く、F型は西日本および東海地方に多い。世界的にはC型は韓国と中国雲南省でのみ確認されており、その他の分布域および近年に分布を広げたイタリアやアメリカにおいてはF型が一般的である。C型は日本において初期に水田稲作が広まった地域において特に多いようであり、今後様々な遺伝子や形質を参考にすれば稲作の伝播を随伴して広がった雑草から推測できる可能性がある(保田・中山 2016)。

 

そして、究極の作物モドキは真の作物に昇華する

水田雑草として世界の農家を悩ませているタイヌビエであるが、直立性をもつタイヌビエは収穫しやすいともいえる。そのため、中国の貴州や雲南ではタイヌビエを品種改良した栽培種がみられる。貴州省のミャオ族の水田では脱粒しないタイヌビエが確認され、聞き取り調査によってこれはかつて畑で栽培されていたが水稲にとってかわられたため作付されなくなったレリクト・クロップであることが明らかになった。雲南省のナシ族自治県では水田でタイヌビエ栽培型が作られており、水田で栽培したものは穀粒が肥大し食用として用いられ、畑作のものは穀粒が小さいため飼料とされるとのことである。(山口ら、1996)このような雑草の栽培化は小麦に擬態した植物であるライムギでも発生しており、究極の作物モドキが真の作物になるケースはタイヌビエだけではない。

但し日本で作られているヒエはタイヌビエではなくイヌビエの栽培品種であることは注意が必要で、混同してはならない。ヒエに関しては日本独自、もしくは日本起源の作物でありかつ日本においてはイネに先行する栽培作物であり、ときに水田で栽培されるなどと興味深い点が多いのであるが、もはや水草として扱うべきものなのか微妙であるためこの辺りで締めておこう。

 

保田謙太郎(2018)日本に分布するヒエ属植物 水田雑草タイヌビエについて. 農業及び園芸 93(9),799-807

Kato, T., & Horibata, A. (2017). Relationship between the Spreading-Stub Phenotype of Rice and Negative Gravitropism of Stems at Tillering Stage. Journal of Crop Research, 62, 1-5.

保田謙太郎, & 中山祐一郎. (2016). タイヌビエの小穂 C 型および F 型の日本国内での地理的分布. 雑草研究, 61(1), 9-16.

片岡孝義, & 金昭年. (1978). 数種雑草種子の出芽深度. 雑草研究, 23(1), 13-19.

片岡孝義, & 金昭年. (1978). 数種雑草種子の発芽時の酸素要求度. 雑草研究, 23(1), 9-12.

Yamasue, Y., K. Ueki and H. Chisaka 1987. Seed dormancy and germination of Echinochloa oryzicola Vasing.: An observation through respiration and several enzyme activities. Weed Res. (Japan) 32: 188-197.

山末祐二. (1989). ヒエ属雑草の適応の生理学. 化学と生物, 27(12), 790-797.

冨永 達・三浦励ー 2010. 耕地雑草群落の成立と除草剤のインパクト:日本の水田を中心に.根本正之編著「身近な自然の保全生態学 生物の多様性を知る」.培風館.東京. pp.69-99.

山末祐=2001. 雑草ヒエの適応の生理学.藪野友三郎監修・山口裕文編「ヒエという植物」.全国農村教育協会東京. pp.69-78.

山口裕文, 梅本信也, & 正永能久. (1996). 中国雲貴高原のヒエ類とくに非脱粒性タイヌビエの存在. 雑草研究, 41(2), 111-115.