水草オタクの水草がたり.

水草を探して調べるブログです.素人ながら頑張ります.

水中で生活するには?――わかっていないことが多いのだけど――①

水草は「結構無理をして水に適応した陸上植物」です。

基本的に陸上植物は陸で生活することに適応しており、その生育を支えるのは極めて古典的には、水、空気、土です。そのうち空気を省くと、いったいどういうことになってしまうのか。

 

――水草において、私が最も注目しているのは、その根です。

水辺への適応において、根は最初に水浸しになり、酸欠にさらされます。

地球に重力があって太陽が上から光を照らす以上、根が最初に酸欠対策を発達させねばならないのは必然です。

これに対するアプローチは、大きく分けると

1.空気(≒酸素)を送り込む

2.酸欠でも育つようにする

の2つです。2つとも多くの植物で見られますが、水草では特に発達しています。

1.は、抽水植物(根や株元は水に漬かっているが、葉は水面にある植物)や浮葉植物(水面に葉を広げる)でよく見られる適応です。シュノーケルのように空気まで気根を伸ばしたり、まだ水中のほうが土中(もはや泥中)より酸素が多いので根を水中に伸ばすなど、さまざまな適応が見られます。

また、沈水植物(水中で育つ植物)でも確認できますが、これはアクアリストにとって、超重要な情報です。アクアリウムにおける水草栽培の成否に直結します。

なぜなら、空気中から酸素を取り入れられない沈水植物に水中でよく根を張らせるには、水中で根に送り込ませるだけの光合成をおこない酸素を生じさせねばならない、酸素を生じさせるためには植物を育てねばならない、植物を育てるには根を張らせないといけない、というループができてしまうからです。

(だから、私は抽水植物を幾つか水槽に入れるようにしています。空気中から土壌に通気させるため。ソイルがなぜ粒なのかに関しても、このあたりが関連するのでしょう。)

 

さて、根をクリアすると、今度は茎です。

茎には、根に送り込むためのガス通路を発達させねばなりません。養分はもはや土中の専売特許ではないので、水中に根を突き出したりして水中の養分をとりこめたほうが有利です。

 

そして――ようやく、葉と光合成の話になります。

短いですが今回はここまで。

 

 

 

なぜ水を目指すのか――いや、目指したのか?溺れないよう足掻いたのか?、凍えないよう水の中で耐えるのか?――

もう、ありとあらゆるグループの陸上植物が、多かれ少なかれ水への挑戦を挑んできては、敗北したり勝利したりしてきた、と言っても過言ではないでしょう。

 

しかし興味深いことに、科レベルでは水草を含む科は全ての被子植物の科の17%をも占めるにもかかわらず、種レベルでは1~2%にすぎません。つまり、水生に適応する回数は非常に多いものの、水生になったことで爆発的に多様化できたかというと――

 

じつは、そうでもないのです。

 

もし水草が、水草になることで爆発的に多様化できたのであれば、水草のグループとしてはもっとまとまったものが作られていたでしょう。こんなに多系統で、てんでばらばらの、色々なグループの水草が一堂に会するという事態には陥らなかったでしょう。

 

この現象に関しては様々な解釈が試みられていますが、すくなくとも「水中に入ると言いう挑戦は数多行われたが、水生の現生種はそう多くない」

「1億年以上も水生植物をやっているマツモ目やスイレン目ですら、水を支配できていない」

というあたりは、いえそうです。

 

さて――ちょっとしょぼくらけた話をしてしまいましたが、これが結構ヒントかもしれません。

 

「植物には、水に適応せねばならない時があるのだ。」

そういう目線で、アクアリウムプラントから、水草誕生の経緯を見ていこうと思います。

 

ケース1.ロタラ・ロトンディフォリアなど

 

アクアリストにとって、「水上葉」と「水中葉」という言葉はあまりにもあたりまえです。そして、「水上葉を水に沈めると水中葉になる」とか、「水上葉で増やしておいてストックする」とかも、また、ごくあたりまえです。

しかし。

野生で水上葉を刈り取って水に沈める人がいるわけがありません。

野生で起きているのは、寧ろその正反対です。

「水草が水に潜った」のではなく「水が陸上に攻めてくる」のです。

熱帯域においては、雨期と乾季が支配的です。河川や湖沼の水位は何メートルも上下します。熱帯域でなくとも、水位上下が大きな環境は多くあります。

するとそこには、普通の植物には対応できない、空白地帯ができます。

そこに適応するには、

1.水の中でも育てるようにする

2.水面や水の上に逃避しつつ、水に漬かっても育てるようにする

3.水没しても、タネや地下茎、成長を停めた草体で動かずにじっと耐える

などの適応が必要でしょう。

そうした適応をみているのが所謂、アクアリウムプラントの「水上葉」と「水中葉」です。攻めてくる水に対して、溺れることを防ぎつつ水面に向かって急速に育つ植物が多いです。また一部ではホシクサ科のように、水底に居座りつつも、水中・水上両方にある程度対応できる葉を作ってその場で育つ植物もいますし、オリザ・グルメパチュラやブラジリアンフラジャイルプラントのように水面で分岐した茎が猛烈に脆くなって分離拡散して版図を広げるものすらあります。

これらは他の植物が動けない・休眠する水位の高い時期にも育つことにより、水が引いたときには他より有利に動くことができるのでしょう。

 

ケース2

「では、ブセファランドラなどは?」

これらは、上記とは違う適応をしていそうです。これらは水没しても長期間堪えられるようになった、渓流植物――増水時に流されにくいように特化した、渓流沿いの陸生植物――です。では、増水に適応するとは言っても、渓流の流水域と湿地や沼地の増水では、植物に対する制限要因がまったく違います。増水期に水面に逃避するアプローチは流水中では使いにくいですし、根の周りの酸素環境は特に大きな違いです。

 

ケース3

「では、ロベリア・カージナリスなどは?」

ダッチアクアリウムで伝統的に用いられてきたような、ロベリア・カージナリスやルドウィジア・グランドゥロサなどはやや事情が違いそうです。これらは野生に近い状態で栽培すると、沈水葉は冬場にみられます――そう、冬の間、水温は0度を下回らないので、水中で凍らないように生活していると思われます。古典的な「ラウンケルの生活形」を地でいっているとも言えます。

 

このように、いくつかの類型化できる要員により、陸上の植物が水中や水面、抽水状態に適応せざるを得ない局面にさらされてきたと考えられます。

水草を扱う際に、「なぜこいつらは潜るのか?」ということを、一つ一つの草に問いかけてみると、楽しくなってきます。

 

Meseguer, A. S., Carrillo, R., Graham, S. W., & Sanmartín, I. (2022). Macroevolutionary dynamics in the transition of angiosperms to aquatic environments. New Phytologist235(1), 344-355.

水草は、多様で、それぞれが異質だ――あまりにも様々なグループの陸上植物が、水に進出している――

水草とは何か?どこから水草なのか?という話は、さておこうと思います。

というのも、その境界には極めてあいまいなものがあるためです。

なのでまずは、水草としか言いようのないものについて、話をしようと思います。

 

まず、一番重要なことは、「水草」という分類群はないことです。

 

マツモ目とスイレン目に関しては、その構成員の全種が水生です(但しスイレン目のTrithuriaおよびBarclayaの一部を本当に水生と言っていいかは議論の余地あり)。しかし、マツモ目は現生種が1科、スイレン目に関しても3科しかありません。

したがって、これらにかんしてもなお、水草の一大派閥というわけではないのです。

 

水草は、きわめて多系統です。

というより、陸上植物の種数が沢山いる大きなグループには、目単位でみてみると大抵水草がいるといっても過言ではなさそうです。

 

葉を水中に沈めて育つ、沈水植物とよばれる水草に限定したとしても、スイレン目、イネ目、ツユクサ目、キジカクシ目、オモダカ目、マツモ目、キンポウゲ目、ナデシコ目、ミズキ目、ツツジ目、セリ目、キク目、リンドウ目、シソ目、キントラノオ目、アブラナ目、フトモモ目、ユキノシタ目にみられ、ヤシ目、ムラサキ目、コショウ目などにも環境や成長の一時期によっては、積極的に水中で生育する種がいます。

葉や茎を水に浮かべる植物は、スイレン目、イネ目、ツユクサ目、オモダカ目、キンポウゲ目、ナデシコ目、ツツジ目、セリ目、キク目、ナス目、シソ目、マメ目、カタバミ目、キントラノオ目、フトモモ目、ユキノシタ目にみられます。

さらに、根や株元を水中に沈めて育ち、かつ水に依存するような植物も水草というほかありません。

これを抽水植物と言います。

抽水植物はスイレン目、コショウ目、ショウブ目、イネ目、ショウガ目、ツユクサ目、ヤシ目、キジカクシ目、オモダカ目、タコノキ目、キンポウゲ目、ヤマモガシ目、ナデシコ目、ツツジ目、セリ目、キク目、リンドウ目、ナス目、ムラサキ目、シソ目、バラ目、マメ目、キントラノオ目、アブラナ目、フトモモ目、ユキノシタ目にみられます。

*但し、上記には湿生・抽水性木本が含まれていません。水中から生えて育つことができるかどうか、も水への強い適応ですが、陸上で芽生えた植物体が、抽水状態で恒久的に生育できるようなものも、やはり水への適応と呼んで差し支えないかとは思います。そのような挑戦を含めると、もっと様々な植物が水という環境にチャレンジを繰り返していることがわかります。まあさておき。

 

上記のリストからは、いくつかの法則が読み取れます。

 

1.有名な植物を含むグループには、大抵水草がいる。

例外:ユリ目、ウリ目、ブナ目、ブドウ目、センリョウ目、モクレン目、クスノキ目あたり。しかし後半はみんな木ばかり含む目です。

…どこから有名と取るかにもよりますが、もはや「有名な草本を含む目で水草がいないのはユリ目とウリ目くらいだ」と言っても割と過言ではなさそうです。しかもそんなことを言っていると、マコモと混生して抽水に近い状態で育つゴキヅル(ウリ目)の写真が流れてきたりします。

 

2.沈水植物を含む目には、たいてい抽水植物か浮葉植物がいる

例外:マツモ目、ミズキ目

これは、結構なヒントになりそうです。

水草が水中に進出する際、比較的陸上の環境に近い(浮葉なら葉の表面だけ、抽水なら葉の全体)抽水植物や浮葉植物を経由して水中に適応してきたのではないか?

という示唆を与えてくれます。そしてこれは結構あたっていそうです。

 

では次回は、「なぜ、どうやって水を目指したのか?」ということに関して、見ていこうと思います。

アクアリウムプラントが、そのヒントになるでしょう。

水草とは何か?~陸上植物が、無理やり何とかして水に適応したもの、それが水草である~

「水草とは何か?」

いや:「思いついた水草を上げてください」

そう大勢の人に聞いたときにまず数人は挙げるのが、昆布やワカメ、マリモなどではないでしょうか。

 

しかし、それらは水草なのか?というところになると…

首を振らざるを得ないというところです。

それはMacrophytesではあっても水草Aquatic plantsではない、と私は擁護を試みますが、残念ながらMacrophytesは水草の訳語ではない。

*Macrophytes: 顕微鏡サイズの微細藻類に対して、肉眼的サイズの水中の藻類・維管束植物の総称。

 

アクアリストからすれば、「マリモは水草図鑑に載ってるのにアオミドロは載ってないな」という疑問を抱いたことがある方も多いのではないでしょうか。藻類なのでより原始的な、いや”下等な”植物なので――という解説もまぁ、悪くはないのですが。

 

では、混乱させてしまったところで、まずは大前提から話しましょう。

 

水草というのは、結構無茶な生き物です。

「植物(陸上植物)が、無理やり何とかして水に適応したものを、水生植物という。」

これが水草です。

そのクレイジーさ、奇妙さ、どこをどう無茶しているのか、それが水草の魅力です。

水草のかたち、生態、栽培の醍醐味と難しさ。

それらすべてが、この無茶への様々な解決策に詰まっています。

*陸上植物、というのは「陸にある植物」という意味ではないので留意が必要です。陸上で普段見かける植物のほぼすべて、種子植物、大葉シダ植物、小葉植物、コケ植物はすべて共通祖先から進化しており、その総体を陸上植物といいます。

 

先ほど、藻類は水草ではない、という話をしました。

藻類は水中にあって当たり前ですし、進化史において基本的にはずっと水中で生育してきた、水中ネイティブな連中です。

だから、陸上に生活する藻類のほうが変で、気生藻といったり、菌類と共生して陸に適応したものを地衣類といったりします。

気生藻や地衣類もまた愉快な連中なのですが、それを話し出すと水草ブログではなくなるのでやめましょう。

しかし、「陸上ネイティブな植物なのに水に無理やり適応した水草」と、「水中ネイティブな藻類なのに陸上に無理やり適応した気生藻や地衣類」は、ひとつの対をなすものとして考えてみても面白いかもしれません。

 

さて。

この「無理やり何とかした」ということが、植物の進化では数限りなく起きています。

水への適応は、知られる中でも200回以上。

*Cook(1999)少なくとも222回、もしかすると271回以上と推定。

種によっては同種内でも水への耐性や適応性がまったく異なるものがあり、今まさに水草に進化しようとしているのではないか?と思われるものすらあるのです。

じっさいには水への適応は、上記の200という数字よりはるかに多いでしょう。

水草になりつつある植物、水草との間を彷徨う植物、そして究極なまでに水に適応した”完全に近い”水草――それらはいつも、興味をそそってなりません。

 

 

お久しぶりです。再開のお知らせ

お久しぶりです。

しばらくご無沙汰しておりました。

更新が止まっていた理由はやはりLLMの影響が強いです。あれだけ情報を誰でも一瞬で集められるツールがある現状、わたしなんぞがチマチマ書いた拙い記事の意義とは?

そして書いたとしてもあっという間に圧縮されるし、わたしなんぞがやらずとも知りたい人もあっという間に学ぶのでは?

という懸念というより安堵に似たものがあったのですが、現状を見るに買い被りすぎだったようです。

このブログがchatGPTに引用されるのはまぁ、予想通りですが…。

 

結局、わたしが書かねばなるまい。

 

水草とはなにか?

水草栽培とは何か?

どうしてそうなった?

などなどの目線から、水草を見る目が変わればなという思いで、週1程度のペースで投稿を再開します。最終的に「水草総論」といった形になるとは思いますが、順番などはほぼ順不同で、思いついたものから書いていきます。

では、ふたたびよろしくお願いします。

 

 

オオカナダモ

最強の水草とは何でしょうか?

物騒な言い方をしましたが、これはよくアクアショップでも聞く質問です。

CO2添加装置もなく砂底でよく増える水草をください、というような場合に…

こういうとき、よく候補に挙がるのがアナカリスことオオカナダモとマツモでしょう。

オオカナダモは水槽内では非常に丈夫な水草です。

しかしながら、あちこちで帰化して大繁茂し、他の水草を駆逐している様子もしばしば見られます。同じくよく帰化しているコカナダモとの勢力争いでも、オオカナダモが有利に見える場合が多いです。

今回はそんな「金魚藻」の代名詞であるオオカナダモについて、ディープに語っていこうと思います。ほかの「金魚藻」であるカボンバ・カロリニアーナとマツモに関しても今後記事にしていくつもりなので、ご期待ください。

 

オオカナダモはすごい

オオカナダモは本当に強い水草です。

劣悪な水槽環境でも育ちますし、底床がない環境に浮かべておくだけでも伸びていきます。分布域がラプラタ流域の亜熱帯域であるにもかかわらず、日本の厳しい冬も、酷暑に見舞われる夏も越すことができます。水温が35度近くなるような真夏のスイレン鉢ですら、オオカナダモは良好な生育を見せることがあります。ミズオオバコやスブタといった浅い湿地に生育する水草ではふつうのことですが、深い水に主に生育する水草としては驚くべきことです。

水槽内でも非常に高い適応性が見られます。CO2添加がなかったり、照明が弱い水槽でもオオカナダモは順応し、底砂がない水槽に浮かべておくだけでもしっかり成長できます。pH順応性も高く、他の水草がろくに生育できないような弱アルカリ性においてもオオカナダモは生育できます。なお、ソイル水槽などでは成長が非常に悪くなるのですが、これは特殊な条件と考えるべきでしょう。

日本の野外においても、オオカナダモは最強級の水草です。

他の水草が生育できないような異臭を放つ灰色の水域でも最後まで残っている水草オオカナダモとコカナダモであることが多いです。水槽でも他の水草が育たない環境でも育つように、オオカナダモのサバイバル能力は突出しています。水流や温度の条件に関してもオオカナダモは非常に寛容です。まったくの止水域でも、高温になる浅い公園の池でも、深い池でも、濁っていても、澄んでいても、オオカナダモ水草が生育可能な場所に侵入すれば生き永らえるようにすら見えるほどです。

オオカナダモは極めてしぶといだけでなく、競争にも強い水草です。

オオカナダモは様々な水草にとって生育に適した湧水の影響がある水域においてはめっぽう競争に強いように見え、他の水草を駆逐して純群落になっていることがしばしばあります。コカナダモもしばしば侵略的になりますが、野外での様子を見ているぶんにはコカナダモとオオカナダモが競合したばあい、オオカナダモが優勢になることが多いです。いっぽうでコカナダモの方が拡散力が幾分強く、コカナダモが水源や細流を含めたどこにでも出現するのに対して、オオカナダモが侵入しているのは人口密度が比較的高い場所のことが多いように感じます。このことから、オオカナダモが侵入する原因は主に人為的なアクアリウムからの導入、コカナダモが侵入する原因は鳥による拡散や魚の放流の影響が大きいのではないか、と侵入状況を見ながら思うところです。

また新しい侵入地ができ、そこの水草が駆逐されないよう注意して扱わねばなりません。

ただ年々、どんな水草も生育できないような水域が大部分を占めてしまっているのが現状です。

個人的にはオオカナダモかコカナダモが生育できているようであれば、他の水草も何かしらが生存している可能性がある、と期待して見るようにしています。いまはそういう時代です。そしてそういう手掛かりをもとに、珍しい水草が見つかることもあります。

 

環境により可変する光合成システム

オオカナダモがきわめて頑丈な水草である理由は、この水草がきわめてフレキシブルに代謝を変化させ、環境に応じてその条件に最適なモードで生育するためであることがわかってきました。

オオカナダモ光合成は、CO2の不足する水中環境に非常によく適応しています。

基本的に、陸上植物は水中でCO2を使わざるを得ないものです。

藻類の場合はCO2を光エネルギーを用いて取り込んだりHCO3-輸送体があったりして、これらCCM(CO2 Concentrating Mechanism)により水中のCO2不足下でも無理やりCO2やHCO3-を詰め込み、HCO3-として蓄積したのちにこれをCO2に酵素を用いて変換します。しかしながら、陸上植物はより容易にCO2が手に入る空中の条件に適応してしまったためなのか、こうした機構を基本的には欠いています。

そのため水中に適応した水草といえどもCO2の吸収は拡散に頼ることになりますし、HCO3-を全くもって使えない水草も多いです。

オオカナダモの葉は透明で、切り飛ばすと水に沈みます。これは中に空気層がなく、葉が非常に薄いためです。

陸上に比べてCO2の水中での移動速度は一万倍遅く、陸上植物はそのため空中に葉をのばし、葉に多くのガスを含んで、葉の中でも局所的なCO2不足が起きないようにしています。しかし水中ではCO2の移動速度はどうすることもできず、止水条件において葉周囲および表面のCO2は絶対的に不足します。そのためオオカナダモは葉を薄くし、たった2層の細胞にしています。このことでCO2の拡散距離を短くすることができ、CO2の不足する水中でも光合成を効率的に行えるようになります。

しかしそれでも無理があり、葉表面のCO2は止水条件で活発に光合成が行われればいずれ枯渇してしまいます。光が強く、CO2濃度が低い場合は、オオカナダモは葉表面でCO2を生成する荒業にうって出ます。葉のおもて面に能動輸送でH+を汲みだし、上面のpHが低くなります。すると水中に(CO2よりは)ふつう豊富に含まれる重炭酸イオンを中和し、CO2が生じます。これを利用するというわけです。

さらに光条件が強くなり高温になると、さらに効率的なCO2供給が必要です。そんな場合、オオカナダモはふつうの陸上植物とは異なる、分類の難しいCO2濃縮機構を使い始めます。この機構はC4植物と同様の回路を用いますが、陸上植物の用いるC4回路が維管束鞘細胞を用いて行うのに対し、オオカナダモでは薄い葉細胞だけで完結させてしまいます。この濃縮機能により、オオカナダモは他の水草よりも高水温でもCO2を有効に用いて繁茂することができます。

オオカナダモは自身の代謝で生じたCO2も有効に活用しています。オオカナダモの茎は空気を多く含んでおり、水によく浮かび通気組織が発達しています。ここに自らの呼吸で生じたCO2を通気組織を介して茎に供給することによって、茎でも光合成をおこなっています。茎の含気により光合成の条件はむしろ陸上の葉と似ており、茎組織は陸上植物と同様に高いCO2濃度を要求する反面、CO2が効率的に供給されます。

オオカナダモは暗い条件にも非常に強く、100ルクスあれば生育可能といわれるほどです。さらに、光が弱い条件では茎が長く徒長することにより光を得やすい水面に素早く到着するようです。逆に、強すぎる光は苦手だともいわれています。

 

(執筆中…)

 

 

 

ギリシア人のみた水草たち (テオフラストス植物誌より)

今回は、人類の記録に残る最初期の水草記録についてみていきましょう。

 

自然科学の祖型は古代ギリシアに遡ることができます。より古い起源も辿れるかもしれませんが、少なくとも自然科学について深く調べ、考察し、文章を残し、そして今もなお読める、トレース可能な資料を探れといわれれば、やはり古代ギリシアといわざるをえないでしょう。

古代ギリシアにおいて、「植物学の祖」と呼ばれるのが今回紹介するテオプラストスΘεόφραστοςです。今回はテオプラストスの著書を和訳した「テオフラストス植物誌」大槻真一郎・月川和雄訳 を図書館で見かけたので、植物学のあけぼのの中で水草がどう認知されていたのかについて感想を書いてみます。

新訳版が後に出ているので、そちらも読まねば。

思ったよりはるかに面白いので、上下巻で1万円強する新訳版をカートに入れて本気で悩み中です。あとで図書館にないか再度探してみます。

 

この紀元前の著作を読んでいて驚かされるのがその観察力です。樹形、木の密度、根の生え方、木材の髄と外側の区別、ヤシ材と一般的な木材の違い、野生イチジクとそこに生じるイチジクコバチを用いた受粉法・・・などなど。流石に現在の視点からするとすべてが正しいというわけではなく、植物は種から発生するとしたうえで動物の自然発生説は認めるなどの時代的限界もありますが、その慧眼には驚かされるばかりです。

この書にはギリシア人の植物の育て方も載っています。紀元前の栽培法は是非実験してみたいところです。ロマンです。

 

テオプラストスは第四章「形態及び生息地の相違」にて、動物と同様に植物も陸上植物と水生植物に分けられる、とし、第14章「植物全体に関する、一般的な相違」において水生と陸生の区分を「最も特色があり、ある意味最も重要な区分」としています。テオプラストスが「水生植物」としたものは、湿り気のあるところでないと生育できない種や、湿り気のないところでは湿り気のあるところと同じ状態を保てず、質が悪くなる種です。これは現在いう水生植物に比べると非常に広い範囲で、沼地、湖、川、海、非常に湿った土地に生えるもの・・・つまり海藻と湿生・水生植物を含みます。たとえば、ヤナギやスズカケノキといった河畔林を構成する植物は水生植物であると考えたようです。しかしヤナギなどは水陸両生である・・・と書いていますし、ツルボランやナツメヤシについても陸上植物でありながらときに海に生えていると書いています。

これは水生といっていいのか?という悩みは当時もやはりあったようです。

これに限らず、彼は「自然はかならずこうと決まったものを持っていない・・・」そう幾つかのパートで書いています。

葉の構造について、多くの沼地の植物はカラモス(ヨシなどのこと)に似た、先のとがった葉をもち、葉は2つの部分からなって中間に竜骨状のものがある、としています。これは単子葉植物の披針形の葉のもつ主脈をあらわしていますが、これを竜骨にたとえるのは非常に理にかなっています。なぜならその支持する機能的にも竜骨と似たものがあるからです。沼地の植物、とされたのはおそらく、イネ科やカヤツリグサ科のことでしょう。

海藻および海草については、地中海(われわれの海)に小さなもの(読んでみると主に海草・海藻のこと)が、エリュトラ海(アラビア湾ペルシア湾、紅海)に大きなもの(読んでみるとマングローブ植物のことです)があると書いています。

これらは4巻にあります。

イネに関しては4巻第四章、アジアに特有な樹木と草本(10)にあり、長い間水の中で育ち、殻をとると消化によい粥になる、としています。

4巻第6章では地中海の海草・海藻について述べています。当時の海草や海藻はピュコスとまとめられ、採集業者によって集められていたようです。(所謂本邦におけるモク採り)その中に様々なものがいることはわかっていました。さまざまな海藻や海草について述べられていますが、水草として特筆すべきは地中海を代表する海草、Posidonia oceanicaについて正確な記述がみられることです。広い葉で飾りひものような形状で、緑色で、根の外部は毛のようなもので覆われ、内部は幾つかの層からなり、根はかなり長くて太い…ということです。また、ギョウギシバに似たピュコスとして「ギョウギシバに似た葉をつけ、根もギョウギシバのように節があり長く横に伸び、カラモスのような茎を持ち、大きさは普通のピュコスよりずっと小さい」とあります。これは訳者によればベニアマモ科のCymodocea nodosaおよびアマモ Zostera marina、と書いてありますが、この記述はまさにZostera noltiiで間違いないでしょう!

大きさや形状、節があること(彼は底を非常に重視しました)からすると、コアマモ亜属のような小さなアマモ属か、ウミジグサを想起させるのですが、地中海にいるということはZ. noltiiしか候補に残りません。C. nodosaおよびZ. marinaは大きさがP. oceanicaにかなり似ており、ギリシア人をもってしても区別されていなかったのだろうと私は思います。

第7章のマングローブ植物の記述も素晴らしいものがあるのですが、私自身の知識量がまだ完全とはいいがたいので言及を避けます。それは第八章、「とくにエジプトの川、沼地、湖に生育する植物」に向けて余力を蓄えるためでもありますが…

第8章では様々な植物の名前が出てきますが、少なくとも旧訳版においては学名との対応関係がついていないものが多く、困ったものです。なので、なんとか読める範囲で解釈を試みようと思います。

パピルスが食用になるという話はヘロドトスプリニウスも書いているのですが、テオプラストスもやはりそう書いています。食べ方は生で、また煮たり焼いたり液汁を吸いつくし、しゃぶりかすを捨てるというもので、両者のものと同じです。

気になるのが、根が木質が硬いので有用な炭になり、鍛冶屋が利用するという点です。今後観察するときに気にしてみようと思います。

ハスに関しては当時のエジプトにはありましたが、現在では見ることができません。エジプトのハスはペルシア経由で持ち込まれエジプトでは珍重されましたが、エジプト文明が崩壊したのち姿を消しました。根に棘があると書いているのは、葉柄基部のことでしょう。

スイレンは白花で日没とともに閉じ、日の出とともに開くとしています。これは奇妙なので、もしかすると時間の間違いかもしれません。果実が熟するとともに水中に潜っていくことについても(伝聞を含むためかかなり奇妙にですが)記述しています。食用とする部位は球根と種子としています。この球根は皮が黒く丸いとしているのでハスのレンコンではなく、スイレンの塊茎として間違いないでしょう。

トリボロス、はハマビシの属名にもなっている「棘のある植物」を指しますが、テオプラストスがいうトリボロス(第9章)は明らかにヒシのことをさしています。茎は先端に向けて太くなり、先端に長い柄をもつ幅広の葉と実をもち、茎は水底の根に至っており、茎からは毛状のものが多数出ている、実は黒く非常に硬い・・・まさにヒシでしょう。ヒシの水中根は現在でも混乱を生むものですが、テオプラストスも相当悩まされたようです。葉でもなく茎でもないので考察を要する、としています。また、ひとによっては一年草であるという、ということも、ギリシア人の観察眼の鋭さを思い起こさせるものです。

「シデ」はボイオティア地方のコパイス湖に生育していたと書かれていますが、おそらくセイヨウスイレンではないかと思います。葉と花が水面に浮かび、花はリンゴ大、白い花弁を持ち緑の葉(萼片)が4枚、キビ大の赤い種子がでてくる・・・まさにセイヨウスイレン以外にあり得ないでしょう。

テオプラストスがかなり興味を引いたのは意外にもガマで、「最も特異」とまで書いています。テオプラストスは地下茎について理解に苦しんだようで、主にこれに関して書いてあります。11章ではヨシ類と様々な利用、12章ではイグサ類について触れています。

とここまで読んでから巻末に対応表があったことに気づき、読み比べ…

まだいろいろ情報がありそうなので、調べ毎の合間にまた何回か読み返してみようと思います。