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水草を探して調べるブログです.素人ながら頑張ります.

ヒメタデ Persicaria erectominorについて

全ての問題は、牧野によるヒメタデの原記載と、牧野がホロタイプを指定しなかったことに始まりがあるように思われる。

https://doi.org/10.15281/jplantres1887.28.328_105

牧野によるヒメタデの原記載は上記リンクから読むことができる。

文字起こしを次に掲示する。

Polygonum erecto-minus MAKINO, sp. nov. (Sect. Persicaria. )

Polygonum serrulatum MATSUM. in Sched. Herb. Sc. Coll. Imp. Univ. Tokyo, pro parte, non LAGASCA.
Annual, erect, about 2-42 decim. high.

Stem laxly ramose or nearly simple, slender, terete, smooth, glabrous, often more
or less flexuous below, strongly or slightly prominent at the nodes ; internodes usually shorter than the leaves ; branches erect-patent, but the basal ones sometimes spreading or divaricate. Leaves altenate, erect-patent or sometimes erect, very shortly petiolate or subsessile, broadly linear or linear, acute or shortly acuminate with a sharp point at the apex, acute subobtuse or rounded at the base, entire and erectpatently or subadpressedly (sometimes adpressed when dry) ciliated on margin, green and glabrous above, glabrous but minutely and thinly short-setuloso-pilosulous on the midrib and sometimes purpurascent beneath, numerously punctulate with minute and elevated spots of one kind scattered over the surface under lens, membranaceous, 3-8.2 cm. long, 2.2-10 mm. broad ; midrib prominent beneath ; veins delicate, inconspicuous, erect-patent ; petiole 4 mm. or less long, glabrous ; ochrea tubular, hyalinomembranaceous, truncate and rather long bearded at the mouth, thinly adpressedly setuloso-pilosulous on surface, manynerved, 5-12 mm. long. Peduncles terminal and axillary, lax, erect, gracile, usually long, glabrous, green. Racemes spikelike, erect, narrowly oblong-cylindrical, 1-2 cm. long except the lowest interrupted flower-cluster, 5-6 mm. across, densely flowered ; rachis filiform, glabrous. Flower-clusters closely placed, the lowest one interruptedly and remotely placed ; bracts turbinate, obliquely truncate and fimbriato-ciliated with long or rather short seta, glabrous, scarious towards the apex, 2-3 mm, long. Flowers small, pedicellate, purplish, 2 mm. long. Calyx 5-parted, scantily glanduloso-punctate or nearly so or not; segments oval or oval-elliptical, rounded at the apex, concave, the outer ones subcarin ate dorsally. Stamens 5 or 7, included ; filament subulate ; anther rounded. Pistil included, slightly exceeding the stamens ; ovary oval, acute at the apex, trigonous, smooth; style somewhat shorter than the ovary, 3-parted, the connate portion shorter than the arms ; stigma capitate. Achene included, as long as the persistent calyx, oval or ovoid-oval, acutish or acute at the apex, trigonous with obtuse-angles, black, smooth, shining, 1-4 mm. long. Flowers in May-July. 

Nom. Jap. Hime-tade (JINzO MATSUMURA).
Hab. Prov. SHINANO : Asama (R. YATABE and J. MATsUMURA !Herb. Se. Coll. Imp. Univ. Tokyo, July 20, 1880) ;
Prov. TOSA : Takaoka-gori (T. MAKINO !May 1886), Doi in Aki-gori (T. MAKINO ! June 3, 1892) ; Prov. SAGAMI : Hiratsuka (T. MAKINO !June 24, 1900).
This species comes near to Polygonum minus HUDS. forma trigonocarpum MAKINO, but it is a much smaller plant having the erect stem, leaves punctulate with spots of one kind, the smaller and deeper-coloured flower. It grows on the humour or rarely sandy soil, and flowers in May-July. 

 

暫定的な形態記述の和訳

茎は疎らに分岐するかほとんど分岐せず、細長く円柱状、平滑で無毛、しばしば下部で屈曲し、節で強くないしやや顕著である; 節間は通常はより短い; 枝は直立し分岐はんあいが基部の枝は広がったり分岐することがある。葉は互生で直立-開出するかときに直立し、葉柄はごく短いか無柄、広線形もしくは線形、先端は鋭頭もしくはわずかに禾状(shortly acuminate with a sharp point at the apex)、基部は鋭い、亜鈍頭もしくは丸身を帯びる(要は様々ということ)、全縁で縁には直立-開出またはやや圧着して(乾くと圧着して)細毛を持ち、上面は緑色で無毛だが中脈に微細で薄い短繊維状の毛を持ち、下面はときに紫色を帯び、拡大すると多数の点状で隆起した斑点が散在し、長さ3-8.2㎝、幅2.2-10㎜; 中脈は下面で顕著で側脈は繊細ではっきりせず、直立-開出; 葉柄は4㎜以下、無毛。葉鞘は筒状で透明膜質、切型で口には長い髭をもち、表面に薄く圧着した細毛をもち、多くの葉脈をもち、長さ5-12㎜; 花柄は頂生および腋生、疎に直立し細く、通常長く無毛、緑色; 総状花序は穂状、直立し、最下部の花房を除いて長さ1-2㎝、幅5-6㎜、密集して咲く; 花序軸は糸状で無毛、花の集団は密集し、最下部の花集団のみ断続的かつ離れてつく。苞は渦巻き状で斜めに切型、先端に向けて薄膜状になり、無毛で長いまたは短い剛毛がある(訳注:語学力のなさからか矛盾しているように読める.);花は小さく小柄を持ち長さ2㎜、紫色を帯びる。萼は5裂し、わずかに腺点状またはほぼ腺点状または無腺。花被片は楕円形または卵楕円形で、先端は丸く、凹状で、外側の花被片の背側はやや竜骨状; 雄蕊は5-7で内包される; 花糸は先にむけ細くなる; 葯は丸い; 雌蕊も内包され、雄蕊よりやや長く、子房は卵形で先端は尖り、三稜形、平滑、花柱は子房よりやや短く、3裂し、接合する部分は分岐する腕より短い; 柱頭は頭状; 痩果は内包され、残存する萼と同じ長さで卵形または卵楕円形、先端は鋭角または鋭頭、角の鈍い3稜形で黒く光沢があり長さ1-4㎜、花期は5-7月。

ホソバイヌタデに近いがはるかに小型で茎は直立し、葉には1種類の斑点があり、花は小さく深色。湿った地面またはまれに砂地に生育し5月―7月に開花する。

 

 

この時点で牧野が認識している他のヌカボタデ・ヒメタデ類はヒメタデ、ホソバイヌタデ(花色をLight-roseとし葉には2種類の点をもつとする)、ヌカボタデ、ヤナギヌカボ、サイコクヌカボ、シマヒメタデであり、これらはすべて同じ文献で記載されている。

さて注目したいのは牧野はヒメタデの花は「Purplish」とし、ホソバイヌタデより深色としていること、またヒメタデの花は下部1段のみ離れて付きのこりは密集する

しかも花期は5-7月としている。

 

さて、牧野によりこのてのタデ類のメンバーが出そろったわけだが混沌は解消されたわけではなかった。

伊藤至は1957年に「ヒメタデ類小記 Notes on Persicaria erecto-minor group of Japan」を書いている。

https://doi.org/10.51033/jjapbot.31_6_4002

この書き出しでは彼がひじょうに悩まされたことがよくわかる…

「タデ類の形質は安定性が少く、変異が大きく、一種内の変化範囲、種と種の中間形などについて、以前から難渋していた。たまたま東京大学に、原先生のご指導を仰ぎこの方面の研究調査する好機に恵まれた。この結果若干分かったことをまとめてみたが。未解決の点も多く、殊に区別点については新事実を見つけることができなかった」

絶望的な書き出しで始まるこの文献においてヒメタデとアオヒメタデについて述べられている。

以下引用。 

「茎は通常やや細く疎に分岐し、多少帯紅色。葉鞘は通常薄く透明室、疎に圧毛、縁毛は長いかまたは短い。葉は腺形~線状披針形~広披針形、鈍頭状微尖~鋭頭~鋭尖頭、狭脚~円脚、やや無柄、非常に変化があり多くは6~7㎝×4~6(9)㎜、通常薄膜室、稀にやや草質(革質の誤記?)、側脈不分明稀にやや明らか、縁辺と脈を除き無毛、稀に両面疎に短毛を布く、下面微隆起点を布くが腺点はない、花穂はやや密花、直立、稀に両面疎に短毛を布く、下面微隆起点を布くが腺点はない。花穂はやや密花、直立、狭円筒状、下部の毛は離在することが多い。頂生花序は単立、往々分岐、花茎はときに毛管状、小苞の縁毛は著しい。花被暗紅色、往々盤状腺点がある。果は3稜形、長さ1.5~2㎜、花期は5-10月。

本種は非常に多型で葉は線形、果は小さく、全体繊細のものと、葉は広く、果は大きく、全体がっちりした両極端品はずいぶん違うように見えるが、前者は夏秋、後者は春夏らしく、両者は連続移行して区別することは難しいと、原先生も指摘されていられる。」

ここでアオヒメタデについて触れられるのが、アオヒメタデの文献上初出である。元々は原がラベル上に手記したものであるようだ。

注目したいのは、伊藤がホソバイヌタデとヒメタデを同種の変種関係としたことである。いわく

「ホソバイヌタデの葉の狭いものと、ヒメタデの葉の広いものは区別がつきにくく、連続移行するようなので、両者の独立種は無理のようである。」

とのことだ。和名に関して、中井はアオヤナギヌカボ、青花ホソバイヌタデともよんだようであるが、ここでアオヒメタデはヒメタデの白花品となったように読める。

 

さて、ヒメタデ問題はその後困ったことになる。2024年現在、牧野の記述を満たすようなヒメタデの生態写真はインターネットでみるかぎり1枚もなく、「品種」であるアオヒメタデだけが記録されている。(山野草でいう「ヒメタデ」はイヌタデ矮性品でイザリイヌタデなどとよばれるもの)しかし伊藤の記した産地は多数あるので、すくなくともアオヒメタデではないヒメタデは存在はしていたように思う。伊藤はヒメタデのタイプを1880年に矢田部および松村が採集した浅間山の標本としているが、牧野は原記載でホロタイプを指定しているようには読めない。

 

 

さて、ヒメタデは殆ど記録されないまま経過するのだが、2014年の藤井伸二、牧雅之、國井秀信による文献ではヒメタデとアオヒメタデには季節消長、形態・生育環境、分布様式について若干の差異が認められたとする。

島根県新産植物3種の記録(シログワイ,ノダイオウ,ヒメタデ)とアオヒメタデに関するノート(調査報告)

ここで藤井らは、伊藤(1956)が「春夏に開花し葉は広く、果は大きく、全体がっちりしたもの」を狭義ヒメタデと考えている。この花は赤~ピンク色を帯び、撹乱地型ヒメタデと呼ばれたものに相当するのではないかとしている。開花結実は春夏(5~6(~7月))、葉幅はアオヒメタデより広く、茎及び花序柄もアオヒメタデに比べ太いとする。いっぽうで変異が大きく連続的とし、九州のアオヒメタデは赤花で狭義ヒメタデにも淡紅色や白花の花色変異があるとする。さらに近畿、中国、四国地方で採集された大部分の産地は狭義のヒメタデであり、西日本では両種が分布するものの東北および北関東ではアオヒメタデが圧倒的に優先すること、アオヒメタデが氾濫原性の水湿地に生育するのに対し狭義ヒメタデは農耕地や荒地など様々な環境に生育すること、を挙げ、そのうえで季節消長や分布様式、生育環境に若干の相違がみられるため変種以上のランクとすべきとしている。

 

私は関東地方の民なのでこの狭義ヒメタデなる分類群には全く縁がなく、正直いうと、複数種の標本観察をもとに牧野がキメラ的に作ってしまった、実在しない生物だと考えていた。しかしどうやら、少なくとも過去には「アオヒメタデに似るが大型で、春に開花し、アオヒメタデとホソバイヌタデの中間のような草姿だがホソバイヌタデよりは小型で、陸地に生育する、ホソバイヌタデのような腺点はないけれど葉裏には隆起が多くあり、穂は密につく謎のヌカボタデ類」が存在していたようには思える。牧野のシンタイプには誤同定が含まれるという噂は以前聞いていて、現在Web上でアクセスできる高知県産の標本は伊藤(1956)の産地リストにはない。ただ牧野が架空の植物を記述したとは思えないので、すくなくとも何かしらの「ヒメタデ」が牧野の手元にはあったのではないかと思うし、伊藤にしても「ヒメタデには白花品しかない」というような記述はしていない。

しかしこの謎の植物がはたして現在の日本列島に現存しているのかは、はなはだ疑問と思ってしまう。いくらなんでも、そこまで目立つ生き物がまったくもって認知されておらず、正体が謎だというWeb記事が割と目に触れるようになってから10年以上も、だれひとりとして「これが本物のヒメタデだ」というような投稿をしていない…というのは考え難いように思えてしまうのだ。

エドガワヌカボと呼ばれるべき未記載種は沢山アップされているけれど、エドガワヌカボはビチャビチャの沼地にしか生えないくらい水生傾向が強く、葉はアオヒメタデなみかそれ以上に細く、匍匐性と言った方がいいくらいに這う傾向が強くて直立せず、花序は下3~4段以上が離れて付き、牧野の記述にある植物とは全く異なる。

 

そして何とも不気味なのが、インターネット上で確認できる中では2000年代以降最後の狭義ヒメタデに関する、愛知県レッドデータのヒメタデに関する記述である…

https://kankyojoho.pref.aichi.jp/rdb/pdf/plants/species/ikansoku/%E3%83%92%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%87.pdf

 

この記述は撹乱地に生じ、アオヒメタデではない個体群について扱っている。

1997年6月に1回採集され、その後何回かの探索にもかかわらず再確認できず、2018年10月になって大治町の庭に突然白花の株が2株出現した…というものである。さらに「生育状況は偶産的だが、もともとそのような植物」としている。

 

これはあくまで仮説にもならない、私の想像なのだが…

狭義ヒメタデの生育するような環境はもう日本にはなくなってしまい、もはや認識されないほど激減している、ということを示してはいないだろうか、と思う。

未だに本物のヒメタデが投稿されずエドガワヌカボの投稿が増え続けるのを見るに、いまの日本で、青くないアオヒメタデを求めるとエドガワヌカボにしか行きつかないということなのだろう。さらにアオヒメタデが現状、渡良瀬遊水地とその周囲のそれに近い環境/そこから種が供給される環境にしかほとんどみられないことはその傍証だろう。アオヒメタデは東北地方などからも多数の報告例があるようだが、近年の報告はほとんど聞かないし、少なくとも私は見たことがない。渡良瀬のような「古き姿をとどめた草原地帯」以外では生き残れない植物なのだ、と考えるとしっくりくる。水生のエドガワヌカボが分布は極めて薄いもののもう少しだけ広い範囲でみられることをふまえると、水生傾向が強いほど絶滅までは至りにくいのではないかと思う。

どうやらヒメタデは撹乱された陸地に生じる小型の一年草のようだが、現在撹乱された陸地は外来種の跋扈する環境となっており、撹乱地性の陸生植物にとっては非常に厳しい環境のように思う。また牧野が歩いた時代の日本の里山や山野は植生だけでなく、化学肥料の普及前であることから土質も大きく違い、木材の利用により草原も湿地も現在よりはるかに広がっていたはずだ。そうした時代においては、ヒメタデは採集しやすい場所に、ごく身近にみられた植物だったのではないか、そう思えてならない。

いつまでたっても記載論文の出ない”エドガワヌカボ”や、同じく記載されるべきだろうアオヒメタデは、どうも読む限り当時の牧野は認識していないように思う。これらは同所的に分布するものの牧野が認識したホソバイヌタデに比べるとかなり沼地に近い湿地を好む(とくに抽水生といって過言ではないエドガワヌカボ)。

1910年代の関東地方は圃場整備が進んでおらず、そこかしこが沼地と深田だったことだろう。現在もわりかしそうだけれども、関西のため池周囲などに比べて関東の湿地は当時、アクセスが非常に難しかったのではないか。そのため牧野の目を逃れられたのではないか、そう思ったりもする。あくまでも空想に過ぎないけれど、日本史上最強のプラントハンターの目から逃れるには相当の隠れる術か、そもそも彼をそうした環境に近寄らせない状況がないといけないように思ってしまう。

 

ヒメタデが正体不明のまま、ほんとうに絶滅してしまう前に、だれか「これが真に本物のヒメタデだ」というものをみつけてくれないか、そう願っている。

セイヨウウキガヤ Glyceria x occidentalis

グリセリア・フルイタンスという、かなり前からアクアリウムで知られるものの、終ぞ日本のアクアリウムには定着しなかった植物がある

G. fluitansはヨーロッパでは身近な沈水〜抽水性水草で、かつてはその果実は食用として(今も英名はマナグラスManagrassである)重宝され、甘みを持つことからスイーツとして取引されてきた。(ムツオレグサの記事を参照)

身近な植物であるだけにアクアリウムにおいてもヨーロッパに分布するもう一つのドジョウツナギ属であるG. maximaとともにダッチアクアリウムでも時々使われてきた。ヒルムシロ属がまるで使われないのとは対照的で興味深い。ついでに言えば、G. fluitansを使うくらいならなぜBerula erectaなどをやらないのか、ヨーロッパは珍妙水草の宝庫じゃないか、と思ってしまうのだが…。。。

今回紹介するのはそんなグリセリア・フルイタンスを片親に持つ雑種である。

 

このときのフィールドワークは湧水巡りであり、普段ヒルムシロ属などを探している"なんちゃって湧水"よりも上流にある。

透明度が高いので撮影はしやすいのだけれど、種構成はヒルムシロ属がほとんど姿を消してクサヨシ、セリ、ノチドメなどが優占するなど水草としての適応があまり進んでいないものが多いため、私にとっては目には綺麗だけど敬遠しがちな区域と言える。

こうした湧水河川の上部で一番よく見かける水草はクサヨシ、コカナダモ、オオカワヂシャ、クレソン、あと最近はイケノミズハコベとハイコヌカグサで、これらはほぼどこにでもあって、目には美しいけれど全部外来種である。(あと見かけるのは在来だが水草なのか怪しい植物)クサヨシもその殆どは牧草由来の外来系統らしい。在来クサヨシはすでに絶滅寸前か、絶滅してしまっている可能性すらあるのではなかろうか。在来水草で食い込めているのはナガエミクリくらいだろう。ミズハコベもたくさんあったが体感ではかなり減ってきている。

 

さて、湧水で大きなテープ状の水草を見たらほとんどナガエミクリだと思ってきたけれど、今回訪れた地域では変な外来種が優占種となっていた。もしかすると他の地域でも優占的になっているかもしれないので、今回はこの種を取り上げようと思う。

 

周囲の黄緑色の植物はナガエミクリで、それには匹敵しないもののかなり大型のテープ状水草である。長いものでは1mに達する。

日本に分布するイネ科で真の水生と言えるものはわずかで、このような長い沈水/浮葉をつけるものといえばほぼドジョウツナギと相場が決まっている。ドジョウツナギはマニアックなアクアリストの間でも知名度が上がってきた植物である。

しかし、ドジョウツナギにしては妙に大きく、豪勢に茂っている。ドジョウツナギの大型版と言えるマンゴクドジョウツナギ(ドジョウツナギ×ヒロハドジョウツナギ)もあるけれど、当方ではヒロハドジョウツナギがかなり稀な種なので、マンゴクだとしたらとても嬉しいなと思って近づいてみた。

しかし、穂を出した株を見ればそれらでないことは一目瞭然だった。(鋭い人は前写真から葉耳をみて切ったと思う)

ドジョウツナギやヒロハドジョウツナギのように丸みを帯びた小穂が連結するのではなく、葉巻状の小穂がピッタリと連結している。これはGlyceria section Glyceriaの特徴であって、本州に分布する日本在来種だとムツオレグサとウキガヤ/ヒメウキガヤ(分類に問題がある)だけれども、ムツオレグサにしては穂が小さく、ウキガヤ/ヒメウキガヤはあきらかに有茎で草姿が異なり、またそれにしては穂も草体も大きすぎる。

残るは外来種のヒロハウキガヤG. fluitansとその雑種セイヨウウキガヤG. x occidentalis。

セイヨウウキガヤは水上形をあちこちで見ていて、地味ながらも広く帰化しているようだ。一方でヒロハウキガヤは帰化している地域が少なく、今探しているところである。

内穎の先端はごく小さく二分岐しており、今回もセイヨウウキガヤだった。

内穎の先端は内向きに曲がっていることも多く、とてもわかりにくいけれど…

少し押しつぶすとこんな感じ。

ただ、そもほもG. fluitansの小穂はムツオレグサ級かそれ以上なので、先端を見るまでもなくムツオレグサにしては小穂が小さいな?と思ったらセイヨウウキガヤ、でいいのかもしれない。

G. x occidentalisの片親は北米のG. leptostachyaだけれど、この種は帰化が報告されていない。ただムツオレグサのようなロゼットに近い草姿で穂がウキガヤ級に小さいものがいればその可能性はあるかもしれない。

ただし、G. leptostachyaとG. fluitansの生殖隔離はほとんどなく稔性があり浸透交雑するので、帰化している個体群はほぼ交雑個体なのだろうし、その形質も一定しないと思われる。

さて、沈水性の性質がとても強い性質はヒロハウキガヤG. fluitansの血を引くことによるだろうと思う。

水草としての性質を推し量る上では水中で発芽からいけるかどうかをみることがあるけれど、今回見かけた株は小さな株は葉が1-3枚しかなく、栄養増殖よりも実生から発生している様だった。ヒメウキガヤはほぼ栄養増殖という印象があったので、やはり性質がかなり違う様に思う。実生重視なのはムツオレグサに似ている。この水草は牧草のタネに混じって侵入したと考えられており、実生増殖が盛んなのも頷ける。

 

発芽直後の実生からなる群落。実生は葉1-3枚の状態でも葉長50cmほどになる。

やや育った群落。やはりタネから出てきているようで、葉数は10枚にも満たないし分蘖もしていない。

 

この種は陸生形はしばしば見かけてきたけれども、こんなに水中に適応するものとは思っていなかった。

外来種だけど良いものを見た。

でもさらに広がりませんように。

 

湧水中で越夏するタネツケバナ属

タネツケバナ属はふつう春植物だが、低温の湧水がよく出る様な場所では沈水状態で夏を越している場合がある。ミズタガラシは夏の暑さを水で涼む多年草であるし、オオバタネツケバナなどはそもそも水生多年草型と言っても過言ではない型があるくらいだけれども、今回見かけたタネツケバナ属は頂小葉が小さく側小葉は丸みを帯び、オオバタネツケバナや"ミズタネツケバナ"、ミチタネツケバナなどらしくはなさそうにみえる。

おそらく、ふつうは下流域の河川敷で春植物としてみられるコカイタネツケバナだと思うけれど、違和感もあるので自信はない。

このあたりは冬になると水位が減るので、夏を草体で越して水位が減ったところで開花結実するのだろうと思う。こうした生態に特化したタネツケバナ属が各地の湧水域にいたのではないかと思うけれども、そうしたものが生育できそうな環境は大抵オオカワヂシャとオランダガラシ類に塗りつぶされてしまっている。

トチカガミ(雄花)

Hydrocharis dubia

トチカガミ科の花についても触れていこうと思う。

第一弾は日本にも産するトチカガミ Hydrocharis dubiaの雄花について…

トチカガミの雄花は明確に3数性であり、萼片3枚、花弁3枚、雄蕊15本(但しうち3本は葯を欠くため、機能するのは12本)、3数性の仮雌蕊からなる。

 

雄蕊に関してはこんな感じで配置されている。

葯をもつ雄蕊の先端を実線で、葯をもたない仮雄蕊の先端を点線で結んでみた。

 

実際に開花しているときは最外側の4、8、12時方向に配置される2重目の雄蕊と、2、6、10時方向に配置されている1重目の葯が外側に開いていて、3~5重目の葯は中心に向け丸まっていることが多い。

葯の配置はトチカガミ属内でも様々で、同定形質にもなりうる。

 

雄花は有柄の仏炎苞から数回出る。(開花中の一輪のみ図示した)

仏炎苞は2枚の葉からなるが、雌花では1枚の葉からなる。

 

トチカガミ科は仏炎苞から雄花が複数個、雌花はふつう1個が出て、3数性の萼、花弁、雄蕊、雌蕊をもつ点についてはだいたい保持されているが、送受粉の特殊化のつごうで雄花、雌花ともにしばしば奇抜なものが出てくる。今後ぼちぼち図示していくつもりである。

究極の水草たちはどこから来たのか…マウンディアについて

水草のなかでも、海草がもっとも水中に適応した維管束植物であることに疑いを持つ人はなかなかいないと思う。

海草の多くは完全に陸を必要としないし、種によっては30mもの深さに生育するものがいる(Posidonia oceanica)。そして、他にライバルのいない水底を支配することにより、株の大きさが180㎞(⁉)という地球最大の生き物にまでなっている(Posidonia australis)。海草は水中で発芽し、水中で生育し、水中で受粉し、水中で結実する。

そんな海草には完全に海水性で水中で受粉するアマモ科、ポシドニア科、ベニアマモ科、トチカガミ科が含まれ、これに汽水性で水中で受粉する旧イトクズモ科(ヒルムシロ科に含める意見が強い)、汽水性で水面で受粉するカワツルモ科を加えることもしばしばある。

これらはすべてオモダカ目に属していて、しかもトチカガミ科を除く海草はすべてヒルムシロ科に類縁を持つ単系統群であることから、すべてまとめてヒルムシロ科にするという意見すらある。

これら一群に匹敵する水中適応を遂げた水草トチカガミ科しかないが、トチカガミ科は抽水性のものも含んでいる*1し、花の構造も比較的保たれており了解可能なものも多い*2。

しかしこの「ヒルムシロ科に近縁な一群」の花の構造はもはや理解困難な域に達しており、百年以上の論争を経てもいまだに「花」が花序なのか実際に花なのか、雌蕊と雄蕊以外のパーツがいったいどの器官に由来するのか、その祖型がどのようなものなのか、などなどわからないことしかない。

明らかに異なる花や体制をもつ複数科が存在するにもかかわらず全種が特異な生態と形態をもっているため、かつては最も原始的な被子植物と考えられたり、果てにはミズニラと近縁であるとまで言われることすらあった。(このあたりはMiki, 1937などを参照)

しかしながら”それっぽい”化石はしばしば出るもののその同定は困難であり誤記録が多いとみられることなどから古生物学的証拠に乏しく、また分子系統解析が発達するとともにこの考え方は廃れた。*3

現在では、ヒルムシロ科およびトチカガミ科以外の海草を含む究極の水草たちの一群はオモダカ目に属すると考えられている。これらは互いに近縁ではあるものの、恐らく独自に様々な花の構造を失い、他の植物との相同性を参照不能なまでに”成れ果てて”いったのである。

APGを参照すればオモダカ目の中ではチシマゼキショウ科とサトイモ科が最初に分岐、そののちにオモダカ科やトチカガミ科などを含む一群*4とヒルムシロ科やシバナ科、アポノゲトン科などを含む一群にわかれたといい、知る限りではその後の文献でも大まかな流れに違いはない。

生態については*6を参照

オモダカ目の祖先形はチシマゼキショウやシバナ、ホロムイソウなどから想像されるに、湿生~抽水性の目立たない、細長い葉をもち、多くの小さな”普通の”3数性の花のついた花穂を出すようなものだったと思われるが、それがヒルムシロ科を含むグループでどうやって水中に適応し、究極の水草にまで”成れ果てた”のかを知る材料は殆どない。

究極の水草に至る最初の一歩を知ることは、先に述べたように水草の化石資料が少なく怪しいものが多いこともあって極めて難しい。

 

しかしながら、ただ一種、こうした水草たちの祖先の姿をうかがわせる植物がオーストラリアにごく僅かながら生き残っている。それがマウンディア Maundia triglochinoidesである。APGはじめとする近年の解析によればなんと抽水性の生態をとりながら、ヒルムシロ科~ポシドニア科からなる究極の水草たちと姉妹群をなし、一見酷似したシバナ科Cycnogeton属とは全く別のグループであるという。さらに、形態学的な証拠による裏付けもなされてきている。

 

マウンディアの知名度は低い。とても低い。Twitterに本種の画像が一枚も出てこないばかりか、言及している人もいないレベルである。

しかしながら、わざわざ2000文字も背景事情を語るに費やしてしまったほど、水草を語るにおいて、この一見地味な植物の存在意義はきわめて大きい。

 

floraoftheworld.org

 

↑きわめて稀少な種であるMaundia triglochinoidesの生態写真が沢山掲載されており、しかも誤同定がないので必見!

 

マウンディアはニューサウスウェールズ州クイーンズランド州南部の沼や流水中に生育する抽水植物で、葉長さは95㎝にもなり、かなり深い水深60㎝以上にすら適応できるという。おなじくオーストラリアで繁栄しており草姿や生態が酷似するシバナ科Cycnogeton属は研究者でも間違えるほどで、花でもかなり似ているが、こちらは花柄が伸長し花被をもち心皮数は多い。

マウンディアはランナー状の匍匐する根茎によって増殖し、細長く平らな抽水性の葉を直立させる、地味な植物である。根茎は1節おきに株が立ち上がり、ヒルムシロ科などのものに似ているように思えなくもない。

花は強烈にヒルムシロ科のものに似た印象を与える。心皮は通常4で雌蕊はヒルムシロ属そっくりだが、心皮は互いに癒合している。それを総数12個(に形態上みえる)雄蕊が二重に囲む。他のパーツは2枚の花被のみであり、花柄がまったくない点でも共通している。但し、2枚の花被片をもち、2重輪生の6個の雄蕊、3~4心皮といった構造は分子系統ではわりと離れているアポノゲトン科にも酷似しており、相動性であるのか、それとも生態や構造発生上の制約による収斂進化なのか、その意義はたいへん興味深い。

 

マウンディアがヒルムシロ科はじめとする究極の水草たちの祖型をどの程度残しているのか、現時点でははっきりしたことは言いにくい。しかしながら、シバナ科やホロムイソウ科といったグループからするに”究極の水草たち”の祖先もまた、ロゼット状で細長い抽水葉をもつ植物であったことは想像に難しくなく、そうした祖先的な植物と”究極の水草たち”の中間形を考えるうえで都合のいい形態や生態をしていることは確かであるように思う。分子系統上での極めて重要な立ち位置とは裏腹にマウンディアの形態的理解は非常に遅れており、ようやく2010年代になって正確かつ詳細な形態記述がされた始末である。今後こうした知見を踏まえた化石記録の検証によって、ヒルムシロ科はじめとするグループがいかに抽水から水中に適応していったのかわかる日がきたらと願っている。

 

 

参考文献

Morphology of Maundia supports its isolated phylogenetic position in the early-divergent monocot order Alismatales | Botanical Journal of the Linnean Society | Oxford Academic

Vegetative morphology and anatomy of Maundia (Maundiaceae: Alismatales) and patterns of peripheral bundle orientation in angiosperm leaves with three-dimensional venation | Botanical Journal of the Linnean Society | Oxford Academic

 

備考

*1 たとえば、ゴリラの餌として重要でゴリラトチカガミと私が勝手に呼んでいるトチカガミ属最大種のHydrocharis chevalieriは抽水性。

*2 しかしその原則を破った、型破りというより支離滅裂な受粉方法と花の形態の多様化が極めて頻回かつ急速に起こったことこそトチカガミ科の魅力である

*3ヒルムシロ属と同定される化石はたとえば白亜紀の熱河層群(有名なアルカエオフルクトゥスArchaeofructusがでる)からも知られているが、現在では裸子植物のものであると考えられている。ほかにも古生代の花粉化石という話を書く書籍もあるが、現代の古生物学からすると極めて疑わしいこと限りない。

*4 オモダカ科、ハナイ科、トチカガミ科 Petaloid groupとも。基本は3弁がよく発達した虫媒花で、トチカガミ科だけ常軌を逸した多様化を遂げている

*5 ヒルムシロ科、アマモ科、ベニアマモ科、カワツルモ科、ポシドニア科、マウンディア科、シバナ科、アポノゲトン科、ホロムイソウ科。tepaloid groupとも。アポノゲトン科が最初に分岐し、虫媒花でときに”花弁”が発達する…(たとえばAponogeton ranunculoides)が、ほかは殆どが目立たない花穂をつける。

*6 アポノゲトン科の汽水性沈水性種:Aponogeton appendiculatusがあてはまる。

イトクズモは淡水でも生育するしする地域もある。Altheniaも同様。

Ruppiaは淡水でも生存できるが長期的に支障をきたすように思われるため汽水性と解釈。

シバナ科、サトイモ科には汽水性抽水~一応沈水可能な植物がいるが(Triglochin maritimumやCryptocoryne ciliataなど)、基本的には抽水性であるためまとめて抽水植物として扱った。

アマモ科の花





アマモ科の花は非常に変わっていて、イカやタコの足を彷彿とさせる外観をしている。

アマモ属とスガモ属があるが基本構造は同じで、但し両属において欠落するパーツもある。形態的にはアマモ属コアマモ亜属がすべてのパーツが揃っているため、模式図はコアマモをベースにしている。

扁平な肉穂状花序には片面にのみ平面的にぎっしりと雄花1つ、雌花1つからなるセットが2列に並んでいる(もしくは雌蕊1つ、雄蕊1つの両性花とも解釈される)。スガモ属の場合、雄花序が別に存在する。雌花序にも葯をもつ雄花様の部位があるが、雌花序の葯には花粉ができない(そのため雄部は仮雄ずいとよばれる)。雄花序に雌蕊はない。

 

1セットが1つの花なのか退化した花序なのかは議論を避けるが、雄部分と雌部分にわけると雌部分は雌蕊のみからなる。雄部分は大きな2つの半葯、花序の中央部に位置する葯隔、花序の両側に存在する葯隔付属突起からなる。葯隔付属突起はどうやら花被に相当するようだが、苞である可能性も捨てきれない。

スガモ属の場合、葯隔付属突起がひじょうに発達するが葯隔は退化的、アマモ属アマモ亜属の場合は逆に葯隔付属突起は退化的となる。

 

アマモ科は基本的に雌性先熟なようで、アマモやコアマモの場合最初に雌蕊の花柱が伸長して受粉し、その後雌蕊は花序内部に折れ曲がって格納され、そして雄蕊の半葯が立ち上がるようにして開き花粉を放出する。花粉は糸状で、これはほかの水媒だが分類上無関係な海草類にもみられる(たとえばポシドニア科)形質と言える。

花粉を放出した後に結実して種を放出し、タネを放出したのち/放出しきない間に花をつけた株ごと、もしくは花茎が枯れ始めてちぎれて漂流する。この切れ藻も種子を運ぶ拡散手段となっているようだ(淡水の水草と違って、アマモの生殖枝が再生して新株になることは基本的にないようだが、放出され切っていない種子を運ぶことになる)。

 

アマモ科は基本的には温帯の海草である。分布域の一部では一年草として生育する場所もあり、開花・結実の占めるウェイトが非常に大きい。海草の中ではむしろこうした開花結実重視の生態は珍しいように思う。

カワツルモ属の花



カワツルモの花は一見ヒルムシロ属と酷似していて、それを極度に簡略化したようなものとなっている。

外見上はヒルムシロ属と同じように4つ(但し例外多い)の心皮を4つの大きな構造物が囲んでいるように見えるが、周囲を取り囲む4つの構造物は上2つ、下2つが1セットになった、1対の雄蕊であり、ヒルムシロ属でみられるような”花被片”は確認できない。

カワツルモの花には4心皮からなる雌蕊と、1対の雄蕊以外に見当たるものは殆どなく、構造的には面白くないのだが、受粉生態は興味深い。

カワツルモの花茎は長く、開花が近くなると水面に向け急激に伸びていく。葯は熟するにつれ大量のガスを含むようになり、葯が破裂すると花粉がガスに乗って水面まで運ばれたり、葯ごとガスにのって水面に運ばれてそこで花粉を散布する。また、先に水面に届いてしまった場合、通常のように水面で花粉散布を行う。花茎は急激に伸長していき、花粉を放出した後に水面に花序が出て、水面に漂う花粉により受粉する。Altheniaでみられるようなガスによる自家受粉を行うとの説もあるが雄性先熟であり、むしろ水面に漂う花粉を雌蕊が水面でキャッチすることの方が重要なようだ。

受粉した雌蕊は子房柄が急激に伸長し、特徴的な落下傘様の形態をとる。