2020年代の流行だろうか、”水草水槽には有機酸が必須”というものがある。私も流行の一端を担ってしまった感があるので申し訳ないのだが…。
あくまで私は「コスパがあまりにも悪いアクア用品を使わずに水草水槽をやるために」有機酸を使って代替する方法を述べたのであって、アクア製品を使ったうえで有機酸が必ずしも必須かどうかについては、必ずしもそうではないと思っている。
水草水槽において有機酸に期待される要件はキレート効果なわけで、それはソイルに含まれる有機酸であれ、水草用添加剤に含まれるEDTAであっても同じ効果を狙って、同じようなものを入れているからだ。
フィールドで水草を探すことが多い者として、思うことがある。石や砂だけの場所…(ガレガレな場所と言ったりする人もいるが・・・)に生える水草はきわめて少ない。耐性を持っているように見えるのはオオカワヂシャ、クレソン、コカナダモ、オオカナダモの4種類だけである。ポタモゲトンやホザキノフサモは基本的にダメで、そういったところに流れ着いてもいずれは枯れてしまう。バイカモは大量のCO2供給と低水温なら生存しうるように思うが、ふつうは見ない。ミズハコベはいけたりいけていなかったりと、微妙なところである。
とにかく、アクアリウムで使われる水草の親類・・・所謂水田雑草の類がそういった場所で見つかることは皆無であって、そうした種を砂礫単体で何のトリックもなく育てることはそもそも無理なのだというのは納得がいく話である。
ここで、ガレガレな場所から外れて、砂礫に有機質が混じるようになると様々な水草が出現する。最初はポタモゲトンなどから始まり、平野に来て水田の泥などの流入がでてきて、なおかつCO2濃度の高い湧水などがあれば水田雑草の類もよく出現する。アクアリウムプラントとして扱われる水草に近縁なキクモ、キカシグサ、ミズマツバ、マツバイなどといった種類がよく見られるのは「平野の、砂礫の間に泥が詰まったような流れの緩く水温の高い湧水域」にほぼ限局している。
こうした野外での状況のどこを模倣するかというのが問題で、泥が詰まっていることが重要なのか、水温が高いのが重要なのか、水流が緩いのが重要なのか、大量の肥料が必要なだけなのか…などと、問題は色々と出てくる。
ヨーロッパにはこうした水田雑草の類(日本の水田雑草は熱帯のサバナ気候の水草の北限分布ともいえる)の分布が薄いようであるし、なかなか確立に苦労したのではないかと思うが、幸いにしてヨーロッパにおいて水草栽培技術が先に進歩したおかげで、水草栽培にはどうもEDTAで鉄イオンなどをキレート化することが必須らしいぞ?ということが確立されていく。
「理想的な淡水水槽」 9.3.2. それぞれの水草に適した肥料 - Dupla Japan Official Blog
EDTAにたどり着いたのは農業分野からだと思われるが、結局のところEDTAというのは「人工で安定しており微生物に勝手に分解されない有機酸」である。
これを添加した「ガレガレの底床」で栽培がうまくいくことのであれば、重要なのは泥が詰まっていることでも水温でも流れでもなくて、眼に見えない有機酸だったのだということになるだろう。
日本ではADAのパワーサンドをはじめとして、底床に有機酸そのものを追加する文脈でも発展が進んだと感じている。その代表例がアマゾニアだろう。
アマゾニアの成功とそれに続く様々なソイルの出現は水草の栽培を容易にした一方で、何が重要なのかを見えにくくさせてしまった感がある。企業としてはその方がありがたいかもしれないが、結局のところ2010年代にかけて日本とヨーロッパのアクアリウム熱が冷めていくなかで謎の、効くか効かないかよくわからない液体が大量に売られている…というカオスへと収束していってしまったように思う。
事実、こうした大量の液体「栄養素」(肥料ではない)のどのくらいが効果あるのかは甚だ不明なのが現状で、片っ端から同じ条件で検証される必要はあるだろう。そもそも。法律の都合で水草用「肥料」を製品化することが困難である以上、添加することで水草がメキメキ育つ!といった単純な効果を見せることはどの製品にとっても、難しいことである。したがって効く製品も他の要素(要するに水槽内のN, P, K総量だ)との合わせ技でゆっくり効かせなければいけないし、効く製品であったとしても効果を実感しにくい。
こうした混乱の中で、園芸用肥料の方がましでは?と試す動きが活発化したのがここ3、4年だと思う。するとたしかにN, P, Kの補充には効くし、アクアリウム用の謎の液体群に比べても格段にスピードが速くなるのだが、何かを間違えると全く動かない、藻類だけ爆発する…といったことに悩まされるようになる。そういった中で有機酸を添加すればだいぶましになるぞ?という実践例が出てきて、結局ジェネリック・パワーサンドに戻りつつある・・・ような気がする。(EDTAは個人では買いにくいし、アクア製品を買おうにもいったん園芸用品の安さを知ってしまうとアクア製品の価格がいかに異常かを思い知らされてしまうので、もう戻る気が起きないのだ)
さらに、ソイルによって非意図的に有機酸を添加することが日常化してしまった以上、年月が経つとその効果が薄れて水草が育たなくなる。そこで有機酸を添加するとたしかに育つようになる。となるとやはり有機酸は必須では?という気が起きてくる。
またまた追加して、砂礫とソイルの違いは何なのか?という方針から突き詰めても、結局有機酸だろうという結論に行きつく。そして砂礫に「肥料をほとんど含まない有機酸」としてピートを追加してみると、やはり水草が育つようになる。やはり有機酸が必要だと確信する。
そういったうえでの”有機酸必須論”だと思う。
まあ砂礫単用で水草が育たないのは野生からみても自明に明らかである。
その解決手段がどうも有機酸などのキレート剤らしい…というのは確かなのだが、そのために堆肥を入れようが、キレート剤配合の液体栄養素を入れようが、結局は同じことなのだろう。
かつてのアクアリストは砂礫にピートなどの腐植質を入れるのを頑なに嫌ったふしがある(「水草のすべて」などを見てみても)。また、底床内に混ぜ物がしてあると差し戻しなどの管理が非常にしにくい。(ADAがほとんどピンチカットしかしないのも、パワーサンドを使う有機酸方式だからでは?と思っている)それを前提としたうえでの最適解は、やはり底床に影も形も残さないキレート剤の添加だろう。
いっぽうで、急激な育成とリセットを繰り返す昨今の「サイクルも代謝も早い」アクアリウムにおいてはリセット時のコストが破格に安いという面でバーク堆肥やピートモスなどを使ってみるのはありだろう。自生地に近いスタイルというのも魅力であるし、低コストなので始めやすい。
結局のところ、水草アクアリウムというのは高くつきすぎる。もしくは、それを高すぎると感じるほどに、日本人が貧しくなったのかもしれない。東南アジアにおける、昨今の水草栽培への力の入れようを聞くに、後者のせいな気がかなりする。