今回は、人類の記録に残る最初期の水草記録についてみていきましょう。
自然科学の祖型は古代ギリシアに遡ることができます。より古い起源も辿れるかもしれませんが、少なくとも自然科学について深く調べ、考察し、文章を残し、そして今もなお読める、トレース可能な資料を探れといわれれば、やはり古代ギリシアといわざるをえないでしょう。
古代ギリシアにおいて、「植物学の祖」と呼ばれるのが今回紹介するテオプラストスΘεόφραστοςです。今回はテオプラストスの著書を和訳した「テオフラストス植物誌」大槻真一郎・月川和雄訳 を図書館で見かけたので、植物学のあけぼのの中で水草がどう認知されていたのかについて感想を書いてみます。
新訳版が後に出ているので、そちらも読まねば。
思ったよりはるかに面白いので、上下巻で1万円強する新訳版をカートに入れて本気で悩み中です。あとで図書館にないか再度探してみます。
この紀元前の著作を読んでいて驚かされるのがその観察力です。樹形、木の密度、根の生え方、木材の髄と外側の区別、ヤシ材と一般的な木材の違い、野生イチジクとそこに生じるイチジクコバチを用いた受粉法・・・などなど。流石に現在の視点からするとすべてが正しいというわけではなく、植物は種から発生するとしたうえで動物の自然発生説は認めるなどの時代的限界もありますが、その慧眼には驚かされるばかりです。
この書にはギリシア人の植物の育て方も載っています。紀元前の栽培法は是非実験してみたいところです。ロマンです。
テオプラストスは第四章「形態及び生息地の相違」にて、動物と同様に植物も陸上植物と水生植物に分けられる、とし、第14章「植物全体に関する、一般的な相違」において水生と陸生の区分を「最も特色があり、ある意味最も重要な区分」としています。テオプラストスが「水生植物」としたものは、湿り気のあるところでないと生育できない種や、湿り気のないところでは湿り気のあるところと同じ状態を保てず、質が悪くなる種です。これは現在いう水生植物に比べると非常に広い範囲で、沼地、湖、川、海、非常に湿った土地に生えるもの・・・つまり海藻と湿生・水生植物を含みます。たとえば、ヤナギやスズカケノキといった河畔林を構成する植物は水生植物であると考えたようです。しかしヤナギなどは水陸両生である・・・と書いていますし、ツルボランやナツメヤシについても陸上植物でありながらときに海に生えていると書いています。
これは水生といっていいのか?という悩みは当時もやはりあったようです。
これに限らず、彼は「自然はかならずこうと決まったものを持っていない・・・」そう幾つかのパートで書いています。
葉の構造について、多くの沼地の植物はカラモス(ヨシなどのこと)に似た、先のとがった葉をもち、葉は2つの部分からなって中間に竜骨状のものがある、としています。これは単子葉植物の披針形の葉のもつ主脈をあらわしていますが、これを竜骨にたとえるのは非常に理にかなっています。なぜならその支持する機能的にも竜骨と似たものがあるからです。沼地の植物、とされたのはおそらく、イネ科やカヤツリグサ科のことでしょう。
海藻および海草については、地中海(われわれの海)に小さなもの(読んでみると主に海草・海藻のこと)が、エリュトラ海(アラビア湾、ペルシア湾、紅海)に大きなもの(読んでみるとマングローブ植物のことです)があると書いています。
これらは4巻にあります。
イネに関しては4巻第四章、アジアに特有な樹木と草本(10)にあり、長い間水の中で育ち、殻をとると消化によい粥になる、としています。
4巻第6章では地中海の海草・海藻について述べています。当時の海草や海藻はピュコスとまとめられ、採集業者によって集められていたようです。(所謂本邦におけるモク採り)その中に様々なものがいることはわかっていました。さまざまな海藻や海草について述べられていますが、水草として特筆すべきは地中海を代表する海草、Posidonia oceanicaについて正確な記述がみられることです。広い葉で飾りひものような形状で、緑色で、根の外部は毛のようなもので覆われ、内部は幾つかの層からなり、根はかなり長くて太い…ということです。また、ギョウギシバに似たピュコスとして「ギョウギシバに似た葉をつけ、根もギョウギシバのように節があり長く横に伸び、カラモスのような茎を持ち、大きさは普通のピュコスよりずっと小さい」とあります。これは訳者によればベニアマモ科のCymodocea nodosaおよびアマモ Zostera marina、と書いてありますが、この記述はまさにZostera noltiiで間違いないでしょう!
大きさや形状、節があること(彼は底を非常に重視しました)からすると、コアマモ亜属のような小さなアマモ属か、ウミジグサを想起させるのですが、地中海にいるということはZ. noltiiしか候補に残りません。C. nodosaおよびZ. marinaは大きさがP. oceanicaにかなり似ており、ギリシア人をもってしても区別されていなかったのだろうと私は思います。
第7章のマングローブ植物の記述も素晴らしいものがあるのですが、私自身の知識量がまだ完全とはいいがたいので言及を避けます。それは第八章、「とくにエジプトの川、沼地、湖に生育する植物」に向けて余力を蓄えるためでもありますが…
第8章では様々な植物の名前が出てきますが、少なくとも旧訳版においては学名との対応関係がついていないものが多く、困ったものです。なので、なんとか読める範囲で解釈を試みようと思います。
パピルスが食用になるという話はヘロドトスやプリニウスも書いているのですが、テオプラストスもやはりそう書いています。食べ方は生で、また煮たり焼いたり液汁を吸いつくし、しゃぶりかすを捨てるというもので、両者のものと同じです。
気になるのが、根が木質が硬いので有用な炭になり、鍛冶屋が利用するという点です。今後観察するときに気にしてみようと思います。
ハスに関しては当時のエジプトにはありましたが、現在では見ることができません。エジプトのハスはペルシア経由で持ち込まれエジプトでは珍重されましたが、エジプト文明が崩壊したのち姿を消しました。根に棘があると書いているのは、葉柄基部のことでしょう。
スイレンは白花で日没とともに閉じ、日の出とともに開くとしています。これは奇妙なので、もしかすると時間の間違いかもしれません。果実が熟するとともに水中に潜っていくことについても(伝聞を含むためかかなり奇妙にですが)記述しています。食用とする部位は球根と種子としています。この球根は皮が黒く丸いとしているのでハスのレンコンではなく、スイレンの塊茎として間違いないでしょう。
トリボロス、はハマビシの属名にもなっている「棘のある植物」を指しますが、テオプラストスがいうトリボロス(第9章)は明らかにヒシのことをさしています。茎は先端に向けて太くなり、先端に長い柄をもつ幅広の葉と実をもち、茎は水底の根に至っており、茎からは毛状のものが多数出ている、実は黒く非常に硬い・・・まさにヒシでしょう。ヒシの水中根は現在でも混乱を生むものですが、テオプラストスも相当悩まされたようです。葉でもなく茎でもないので考察を要する、としています。また、ひとによっては一年草であるという、ということも、ギリシア人の観察眼の鋭さを思い起こさせるものです。
「シデ」はボイオティア地方のコパイス湖に生育していたと書かれていますが、おそらくセイヨウスイレンではないかと思います。葉と花が水面に浮かび、花はリンゴ大、白い花弁を持ち緑の葉(萼片)が4枚、キビ大の赤い種子がでてくる・・・まさにセイヨウスイレン以外にあり得ないでしょう。
テオプラストスがかなり興味を引いたのは意外にもガマで、「最も特異」とまで書いています。テオプラストスは地下茎について理解に苦しんだようで、主にこれに関して書いてあります。11章ではヨシ類と様々な利用、12章ではイグサ類について触れています。
とここまで読んでから巻末に対応表があったことに気づき、読み比べ…
まだいろいろ情報がありそうなので、調べ毎の合間にまた何回か読み返してみようと思います。