コウホネ類に関しては個人的にそこまで思い入れが強いわけではないけれども、あくまでも個人の感想として書いてみる。どの種も再生産能力が低く、かつ根茎の損傷などに脆弱であるため分布に関しては詳細を避けたいところで、また残された個体数もかなり少ないことからなかなか話しにくいテーマでもある。
関東地方のコウホネ類はコウホネ、シモツケコウホネ、ナガレコウホネ、あとはサイコクヒメコウホネが数か所で帰化している。但し、関東地方に現存するコウホネの多くは沈水葉主体の所謂ナガバコウホネなどとよばれるもので、抽水傾向の強いコウホネはごく一部の湖沼でしかみられない(多々良沼†2022、霞ケ浦、北浦など)関東平野の各所にみられる沈水葉主体のコウホネ類はしばしば干上がっても抽水葉や浮葉を作りきれない様子が見られる。完全に抽水・浮葉を作る能力を失っている個体は多くないものの、少なくともなかなか抽水化しようとしないものはかなりいる。
サイコクヒメコウホネが複数個所で帰化(中には自生もあるのかもだけれど)していることからわかるように、市販のコウホネ類苗の投棄によるものが疑われる群落もあるし、また元々コウホネは生薬や観賞用として江戸時代から取引されていたため、そうした遺伝子撹乱が長きにわたり行われてきたことは想像に難くない。
シモツケコウホネは現状栃木県の数か所に現存しており、ほぼすべての群落が保護区内にある。ほかのコウホネ類と比べると生育環境が特異なように思われ、かなり貧栄養な浅く、湧水の影響を強く受ける砂底に生える。非常に小型であるのは貧栄養への適応、赤みを強く帯びる性質はおそらく強烈な光と大量の二酸化炭素により光合成活性が高くなることによる、組織への酸化ストレス防御のためではないかと思う。湧水域でもササバモなどヒルムシロ類が優占する区域よりも上流側にみられる。
シモツケコウホネとコウホネの雑種(ナガレコウホネ)は花粉の生存率も3割程度あり、またしばしば結実する。やってみた人から聞いた話では、この結実した果実を採種するとしばしば発芽するという。ナガレコウホネとして原記載にある個体群はすくなくともF1のようだが、F2以降がいる可能性はある。事実一部の個体群では柱頭板が赤くないなど、コウホネ寄りの特徴を持っている。しかしそうした個体でも葉の赤みは強い。
沈水性の傾向が強いコウホネ(ナガバコウホネと言われたものに似る)は現状関東平野では最も多いコウホネ類で、栃木県南部から群馬、埼玉、茨城の一部にかけて分布し、知る限り100パッチ以上が現存している。ナガレコウホネと形質は連続するように思えるものの一回り大きく葉は緑色。また、根茎の断面は白色。(ナガレコウホネは(少なくとも漂着した根茎を見た個体ではすべて)黄色を強く帯びる)栃木県の一部ではナガレコウホネの分布する下流側に分布していて、そのさらに下流では抽水型コウホネがみられる。埼玉県や群馬県ではそうとう汚濁の進んだ水域にもみられ、唯一の沈水植物となっている例もある。しかしそのような劣悪な条件であっても抽水葉を出している姿はほとんど見ない。漂着した根茎から栽培を試みたこともあるが、やはり抽水化しなかった。
抽水型コウホネはかなり少ないように思う。多々良沼には大規模な群落があったが突如全滅した。多々良沼周囲にみられるコウホネ類は知る限りみな沈水性のもので、ほかに抽水性コウホネがみられる霞ケ浦や北浦の群落もお世辞にも状態がいいとはいえず、かろうじて生き残っているだけである。栃木県南部には大きめの群落が幾つかあるが、沈水性コウホネやナガレコウホネと連続しており境界がわかりづらく、またミズヒマワリやホテイアオイの圧迫がめだつ。茨城県ではなぜか山あいにまで分布が点在するが、不審な出方をしているようにも思い、逸出や薬用にかつて植栽された名残ではないかという気がする。
状況からするに、沈水性コウホネ類はナガレコウホネとコウホネの戻し交配によるものではないかと思っている。沈水性コウホネ類の分布する関東平野南部は、シモツケコウホネやナガレコウホネがみられる地域のちょうど下流側に位置するし、ナガレコウホネと形態的にも分布的にも連続するように思えてならない。コウホネ譲りの汚濁耐性と大型化する形質から下流域まで分布を広げているのではないかと思う。
原時点の関東平野では、抽水性コウホネよりも沈水性コウホネ類のほうが生存に有利なのかもしれない。というのもおなじく止水の大型水域を好むアサザやガガブタが全滅に近い状況にあり、ヒシですらも減少している状況があるためで、そもそも止水に水草が生存できるという環境そのものが過去のものになってしまっているためだ。さらに、流水環境でも流速が早く、浅い瀬になる環境にしか水草が生き残っていない。この傾向は種を問わず基本的にそのようで、コウホネもそうした条件では流速の早い瀬にも生育できる沈水型しか生き残れなかったのではないだろうか。
さて疑問なのが、はたしてコウホネの自然分布域はどのくらいなのだろうか?ということである。互いに容易に交雑するコウホネとシモツケコウホネが生殖隔離するほど分離するには、相当の年月にわたってコウホネが生育しない環境が栃木の扇状地に確保されていたと考えざるを得ない。東日本では新潟~津軽にかけての砂丘湖群や猪苗代湖、霞ケ浦、多々良沼などの平野部大型湖沼にコウホネが元々いたのはほぼ間違いないと思うけれども、利根川水系においてどのあたりまでコウホネがいたのかには疑問がある。渡良瀬川より南側は明らかに富栄養化し、またハンゲショウやヤガミスゲなど、低地の氾濫原性の植物が出現するなど植生が明らかに変わる。そのためそうした地域に抽水性コウホネが普通にいたのにはあまり違和感がない。そのため下流側でコウホネに連続する佐野市のナガレコウホネは納得がいく。しかしそれより北側…たとえば栃木市のナガレコウホネ生息地や、真岡市のナガレコウホネ生息地などのエリアでは周囲の植生は栃木の扇状地とそこまで変わらないように思い、コウホネが自然分布するには周囲の栄養条件が貧弱すぎるような気がしてならない。これはあくまでも個人の想像に過ぎないが、本来シモツケコウホネの分布域はもっと広く、かなり古い時代に人為的に持ち込まれたコウホネによって交雑が起きて多くの産地でナガレコウホネに置き換わってしまってしまったのではないか?という可能性も無きにしも非ずだろうか。
コウホネは全国的に多数の強健な雑種を生み出していて、しばしばそうした雑種しかみられない産地がある(サイコクヒメコウホネや、”シラカワコウホネ”など)。それらが元々分布していたのか、それとも過去(江戸時代が考えやすい)に人為的に植栽された外来コウホネが周囲にいた種を交雑により駆逐し、雑種のみが残った姿なのかにはとても興味がある。日本でコウホネ類の種分化が異常に発達しているのには恐らくそれに対応する隔離があったためだろうと思うけれども、コウホネだけがそれを無視するかのようにあちこちに分布して交雑しているのは、何とも不気味に思える。
(書きかけでs)