グリセリア・フルイタンスという、かなり前からアクアリウムで知られるものの、終ぞ日本のアクアリウムには定着しなかった植物がある
G. fluitansはヨーロッパでは身近な沈水〜抽水性水草で、かつてはその果実は食用として(今も英名はマナグラスManagrassである)重宝され、甘みを持つことからスイーツとして取引されてきた。(ムツオレグサの記事を参照)
身近な植物であるだけにアクアリウムにおいてもヨーロッパに分布するもう一つのドジョウツナギ属であるG. maximaとともにダッチアクアリウムでも時々使われてきた。ヒルムシロ属がまるで使われないのとは対照的で興味深い。ついでに言えば、G. fluitansを使うくらいならなぜBerula erectaなどをやらないのか、ヨーロッパは珍妙水草の宝庫じゃないか、と思ってしまうのだが…。。。
今回紹介するのはそんなグリセリア・フルイタンスを片親に持つ雑種である。
このときのフィールドワークは湧水巡りであり、普段ヒルムシロ属などを探している"なんちゃって湧水"よりも上流にある。
透明度が高いので撮影はしやすいのだけれど、種構成はヒルムシロ属がほとんど姿を消してクサヨシ、セリ、ノチドメなどが優占するなど水草としての適応があまり進んでいないものが多いため、私にとっては目には綺麗だけど敬遠しがちな区域と言える。
こうした湧水河川の上部で一番よく見かける水草はクサヨシ、コカナダモ、オオカワヂシャ、クレソン、あと最近はイケノミズハコベとハイコヌカグサで、これらはほぼどこにでもあって、目には美しいけれど全部外来種である。(あと見かけるのは在来だが水草なのか怪しい植物)クサヨシもその殆どは牧草由来の外来系統らしい。在来クサヨシはすでに絶滅寸前か、絶滅してしまっている可能性すらあるのではなかろうか。在来水草で食い込めているのはナガエミクリくらいだろう。ミズハコベもたくさんあったが体感ではかなり減ってきている。
さて、湧水で大きなテープ状の水草を見たらほとんどナガエミクリだと思ってきたけれど、今回訪れた地域では変な外来種が優占種となっていた。もしかすると他の地域でも優占的になっているかもしれないので、今回はこの種を取り上げようと思う。
周囲の黄緑色の植物はナガエミクリで、それには匹敵しないもののかなり大型のテープ状水草である。長いものでは1mに達する。
日本に分布するイネ科で真の水生と言えるものはわずかで、このような長い沈水/浮葉をつけるものといえばほぼドジョウツナギと相場が決まっている。ドジョウツナギはマニアックなアクアリストの間でも知名度が上がってきた植物である。
しかし、ドジョウツナギにしては妙に大きく、豪勢に茂っている。ドジョウツナギの大型版と言えるマンゴクドジョウツナギ(ドジョウツナギ×ヒロハドジョウツナギ)もあるけれど、当方ではヒロハドジョウツナギがかなり稀な種なので、マンゴクだとしたらとても嬉しいなと思って近づいてみた。
しかし、穂を出した株を見ればそれらでないことは一目瞭然だった。(鋭い人は前写真から葉耳をみて切ったと思う)
ドジョウツナギやヒロハドジョウツナギのように丸みを帯びた小穂が連結するのではなく、葉巻状の小穂がピッタリと連結している。これはGlyceria section Glyceriaの特徴であって、本州に分布する日本在来種だとムツオレグサとウキガヤ/ヒメウキガヤ(分類に問題がある)だけれども、ムツオレグサにしては穂が小さく、ウキガヤ/ヒメウキガヤはあきらかに有茎で草姿が異なり、またそれにしては穂も草体も大きすぎる。
残るは外来種のヒロハウキガヤG. fluitansとその雑種セイヨウウキガヤG. x occidentalis。
セイヨウウキガヤは水上形をあちこちで見ていて、地味ながらも広く帰化しているようだ。一方でヒロハウキガヤは帰化している地域が少なく、今探しているところである。
内穎の先端はごく小さく二分岐しており、今回もセイヨウウキガヤだった。
内穎の先端は内向きに曲がっていることも多く、とてもわかりにくいけれど…
少し押しつぶすとこんな感じ。
ただ、そもほもG. fluitansの小穂はムツオレグサ級かそれ以上なので、先端を見るまでもなくムツオレグサにしては小穂が小さいな?と思ったらセイヨウウキガヤ、でいいのかもしれない。
G. x occidentalisの片親は北米のG. leptostachyaだけれど、この種は帰化が報告されていない。ただムツオレグサのようなロゼットに近い草姿で穂がウキガヤ級に小さいものがいればその可能性はあるかもしれない。
ただし、G. leptostachyaとG. fluitansの生殖隔離はほとんどなく稔性があり浸透交雑するので、帰化している個体群はほぼ交雑個体なのだろうし、その形質も一定しないと思われる。
さて、沈水性の性質がとても強い性質はヒロハウキガヤG. fluitansの血を引くことによるだろうと思う。
水草としての性質を推し量る上では水中で発芽からいけるかどうかをみることがあるけれど、今回見かけた株は小さな株は葉が1-3枚しかなく、栄養増殖よりも実生から発生している様だった。ヒメウキガヤはほぼ栄養増殖という印象があったので、やはり性質がかなり違う様に思う。実生重視なのはムツオレグサに似ている。この水草は牧草のタネに混じって侵入したと考えられており、実生増殖が盛んなのも頷ける。
発芽直後の実生からなる群落。実生は葉1-3枚の状態でも葉長50cmほどになる。
やや育った群落。やはりタネから出てきているようで、葉数は10枚にも満たないし分蘖もしていない。
この種は陸生形はしばしば見かけてきたけれども、こんなに水中に適応するものとは思っていなかった。
外来種だけど良いものを見た。
でもさらに広がりませんように。