水草オタクの水草がたり.

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究極の水草たちはどこから来たのか…マウンディアについて

水草のなかでも、海草がもっとも水中に適応した維管束植物であることに疑いを持つ人はなかなかいないと思う。

海草の多くは完全に陸を必要としないし、種によっては30mもの深さに生育するものがいる(Posidonia oceanica)。そして、他にライバルのいない水底を支配することにより、株の大きさが180㎞(⁉)という地球最大の生き物にまでなっている(Posidonia australis)。海草は水中で発芽し、水中で生育し、水中で受粉し、水中で結実する。

そんな海草には完全に海水性で水中で受粉するアマモ科、ポシドニア科、ベニアマモ科、トチカガミ科が含まれ、これに汽水性で水中で受粉する旧イトクズモ科(ヒルムシロ科に含める意見が強い)、汽水性で水面で受粉するカワツルモ科を加えることもしばしばある。

これらはすべてオモダカ目に属していて、しかもトチカガミ科を除く海草はすべてヒルムシロ科に類縁を持つ単系統群であることから、すべてまとめてヒルムシロ科にするという意見すらある。

これら一群に匹敵する水中適応を遂げた水草トチカガミ科しかないが、トチカガミ科は抽水性のものも含んでいる*1し、花の構造も比較的保たれており了解可能なものも多い*2。

しかしこの「ヒルムシロ科に近縁な一群」の花の構造はもはや理解困難な域に達しており、百年以上の論争を経てもいまだに「花」が花序なのか実際に花なのか、雌蕊と雄蕊以外のパーツがいったいどの器官に由来するのか、その祖型がどのようなものなのか、などなどわからないことしかない。

明らかに異なる花や体制をもつ複数科が存在するにもかかわらず全種が特異な生態と形態をもっているため、かつては最も原始的な被子植物と考えられたり、果てにはミズニラと近縁であるとまで言われることすらあった。(このあたりはMiki, 1937などを参照)

しかしながら”それっぽい”化石はしばしば出るもののその同定は困難であり誤記録が多いとみられることなどから古生物学的証拠に乏しく、また分子系統解析が発達するとともにこの考え方は廃れた。*3

現在では、ヒルムシロ科およびトチカガミ科以外の海草を含む究極の水草たちの一群はオモダカ目に属すると考えられている。これらは互いに近縁ではあるものの、恐らく独自に様々な花の構造を失い、他の植物との相同性を参照不能なまでに”成れ果てて”いったのである。

APGを参照すればオモダカ目の中ではチシマゼキショウ科とサトイモ科が最初に分岐、そののちにオモダカ科やトチカガミ科などを含む一群*4とヒルムシロ科やシバナ科、アポノゲトン科などを含む一群にわかれたといい、知る限りではその後の文献でも大まかな流れに違いはない。

生態については*6を参照

オモダカ目の祖先形はチシマゼキショウやシバナ、ホロムイソウなどから想像されるに、湿生~抽水性の目立たない、細長い葉をもち、多くの小さな”普通の”3数性の花のついた花穂を出すようなものだったと思われるが、それがヒルムシロ科を含むグループでどうやって水中に適応し、究極の水草にまで”成れ果てた”のかを知る材料は殆どない。

究極の水草に至る最初の一歩を知ることは、先に述べたように水草の化石資料が少なく怪しいものが多いこともあって極めて難しい。

 

しかしながら、ただ一種、こうした水草たちの祖先の姿をうかがわせる植物がオーストラリアにごく僅かながら生き残っている。それがマウンディア Maundia triglochinoidesである。APGはじめとする近年の解析によればなんと抽水性の生態をとりながら、ヒルムシロ科~ポシドニア科からなる究極の水草たちと姉妹群をなし、一見酷似したシバナ科Cycnogeton属とは全く別のグループであるという。さらに、形態学的な証拠による裏付けもなされてきている。

 

マウンディアの知名度は低い。とても低い。Twitterに本種の画像が一枚も出てこないばかりか、言及している人もいないレベルである。

しかしながら、わざわざ2000文字も背景事情を語るに費やしてしまったほど、水草を語るにおいて、この一見地味な植物の存在意義はきわめて大きい。

 

floraoftheworld.org

 

↑きわめて稀少な種であるMaundia triglochinoidesの生態写真が沢山掲載されており、しかも誤同定がないので必見!

 

マウンディアはニューサウスウェールズ州クイーンズランド州南部の沼や流水中に生育する抽水植物で、葉長さは95㎝にもなり、かなり深い水深60㎝以上にすら適応できるという。おなじくオーストラリアで繁栄しており草姿や生態が酷似するシバナ科Cycnogeton属は研究者でも間違えるほどで、花でもかなり似ているが、こちらは花柄が伸長し花被をもち心皮数は多い。

マウンディアはランナー状の匍匐する根茎によって増殖し、細長く平らな抽水性の葉を直立させる、地味な植物である。根茎は1節おきに株が立ち上がり、ヒルムシロ科などのものに似ているように思えなくもない。

花は強烈にヒルムシロ科のものに似た印象を与える。心皮は通常4で雌蕊はヒルムシロ属そっくりだが、心皮は互いに癒合している。それを総数12個(に形態上みえる)雄蕊が二重に囲む。他のパーツは2枚の花被のみであり、花柄がまったくない点でも共通している。但し、2枚の花被片をもち、2重輪生の6個の雄蕊、3~4心皮といった構造は分子系統ではわりと離れているアポノゲトン科にも酷似しており、相動性であるのか、それとも生態や構造発生上の制約による収斂進化なのか、その意義はたいへん興味深い。

 

マウンディアがヒルムシロ科はじめとする究極の水草たちの祖型をどの程度残しているのか、現時点でははっきりしたことは言いにくい。しかしながら、シバナ科やホロムイソウ科といったグループからするに”究極の水草たち”の祖先もまた、ロゼット状で細長い抽水葉をもつ植物であったことは想像に難しくなく、そうした祖先的な植物と”究極の水草たち”の中間形を考えるうえで都合のいい形態や生態をしていることは確かであるように思う。分子系統上での極めて重要な立ち位置とは裏腹にマウンディアの形態的理解は非常に遅れており、ようやく2010年代になって正確かつ詳細な形態記述がされた始末である。今後こうした知見を踏まえた化石記録の検証によって、ヒルムシロ科はじめとするグループがいかに抽水から水中に適応していったのかわかる日がきたらと願っている。

 

 

参考文献

Morphology of Maundia supports its isolated phylogenetic position in the early-divergent monocot order Alismatales | Botanical Journal of the Linnean Society | Oxford Academic

Vegetative morphology and anatomy of Maundia (Maundiaceae: Alismatales) and patterns of peripheral bundle orientation in angiosperm leaves with three-dimensional venation | Botanical Journal of the Linnean Society | Oxford Academic

 

備考

*1 たとえば、ゴリラの餌として重要でゴリラトチカガミと私が勝手に呼んでいるトチカガミ属最大種のHydrocharis chevalieriは抽水性。

*2 しかしその原則を破った、型破りというより支離滅裂な受粉方法と花の形態の多様化が極めて頻回かつ急速に起こったことこそトチカガミ科の魅力である

*3ヒルムシロ属と同定される化石はたとえば白亜紀の熱河層群(有名なアルカエオフルクトゥスArchaeofructusがでる)からも知られているが、現在では裸子植物のものであると考えられている。ほかにも古生代の花粉化石という話を書く書籍もあるが、現代の古生物学からすると極めて疑わしいこと限りない。

*4 オモダカ科、ハナイ科、トチカガミ科 Petaloid groupとも。基本は3弁がよく発達した虫媒花で、トチカガミ科だけ常軌を逸した多様化を遂げている

*5 ヒルムシロ科、アマモ科、ベニアマモ科、カワツルモ科、ポシドニア科、マウンディア科、シバナ科、アポノゲトン科、ホロムイソウ科。tepaloid groupとも。アポノゲトン科が最初に分岐し、虫媒花でときに”花弁”が発達する…(たとえばAponogeton ranunculoides)が、ほかは殆どが目立たない花穂をつける。

*6 アポノゲトン科の汽水性沈水性種:Aponogeton appendiculatusがあてはまる。

イトクズモは淡水でも生育するしする地域もある。Altheniaも同様。

Ruppiaは淡水でも生存できるが長期的に支障をきたすように思われるため汽水性と解釈。

シバナ科、サトイモ科には汽水性抽水~一応沈水可能な植物がいるが(Triglochin maritimumやCryptocoryne ciliataなど)、基本的には抽水性であるためまとめて抽水植物として扱った。