ふと、サトイモの学名をどう書けばいいのかで悩んだ。
里芋はごく一般的な野菜であるが、分類には非常に大きな課題がある。
国内における、里芋の扱いはどのようなものだろうか。
Ylistでは
C. antiquorum Schott・・・ヤマサトイモ
・・・Var. toonoimo T. Ito トウノイモ(トウノイモのみ)
C. esculenta (L.)Schott・・・サトイモ
・・・‘Eguimo` エグイモ (その他さまざまな品種の記載あり)
C. gigantea・・・ハスイモ
といったところになっている。しかしながら、そもそもヤマサトイモという植物に全く耳覚えがないし、この分類体系を引用してトウノイモ(唐芋群)だけ別種を起源とする…といった記述も一部でみられる。しかしながらサトイモの論文でそのような意見は耳にしたことがまったくない。さらにいえば、英語圏の認識ではC. antiquorum=eddoes、C. esculenta=Taroとなっている。もしそうならきわめてシンプルな話だが…。
野菜にはよくあることだが、里芋はあまりにも形態変異が大きく、かつ原種がよくわかっていない。サトイモはおそらく最も歴史の古い作物のひとつであり、東南アジア一円に野生化サトイモが“自生“しているのだが、これが栽培里芋の原種だ、ということはなかなか言えない状況にある。しかもほとんどのサトイモが滅多に咲かず、かつしばしば稔性がひじょうに低いのが問題を難しくしている。
熊沢らは花器をもとに日本のサトイモを分類している。
Englerの分類を参照しており、
蘞芋、沖縄青茎・・・付属体が雄花序より長い var. typica
石川早生、黒軸、赤芽、みがしき、溝芋、筍芋・・・付属体が雄花序の半分程度
とし、
YoungのいうC. antiquorumは付属体が長いvar. typica(蘞芋、沖縄青茎)、YoungのいうC. esculentaは付属体の長さが雄花序と略等長のもので衣被(早生蓮葉芋)、檳榔心、八つ頭を含み、石川早生、黒軸、赤芽、みがしき、溝芋、筍芋と花は同様で、Englerのvar. esculentaおよびvar. globuliferaに相当するとしている。
上記から、熊沢は日本の品種を
蘞芋(3倍体)、沖縄青茎(2倍体)・・・C. antiquorum var. typica
蓮葉芋・・・C. antiquorum var. nymphaeifolia (?)
3倍体子芋用品種(石川早生、土垂、黒軸)・・・C. antiquorum var. globulifera
2倍体親芋・親子利用品種(赤芽、●芋(読めなかった)、檳榔心、唐芋、八つ頭、みがしき、溝芋、筍芋)・・・C. antiquorum var. esculenta
蓮芋・・・C. gigantea
であろうとしている。
琉球赤茎(=パユム)は八重山に生じる野生かつ異質なサトイモで初島・天野(1967)ではサトイモモドキC. formosanaとされたが、安渓(1987)ではC. esculenta var. aquatilisとしており私は後者を採用したい(C. formosanaはのちに述べるが形質が異なる)。
サトイモモドキC. formosanaに関しては長らくサトイモC. esculentaのシノニムとされてきたが、Matthewsら(2015)では台湾とフィリピン(恐らくもっと広域)に分布する、形態上はC. e. aquatilisと区別しがたいが、地域を跨いで形質的に単調かつ人里離れた場所に生育しており、別種かもしれないとしている。C. formosanaは非常に丸い葉と浅い切れ込みが特徴的で、付属体は雄花序の2倍以上と非常に長い。
彼らは日本の耐寒性の高い子芋利用品種をC. esculenta var. antiquorum、親芋利用品種をC. e. esculenta、ランナーで非常に増える(恐らく帰化の)のものをC. e. aquatilisとしている。
あくまで私個人の視点を加えるならば、基本的にC. esculenta var. esculentaは水生、C. esculenta var. antiquorumは陸生である。(もちろん一部例外がいるが、すくなくとも栽培に関して積極的に水を張って栽培する行為がみられるのは専らC. esculenta var. esculentaであり、C. esculenta var. antiquorumでそのようなことは聞いたことがない)そしてC. e. e.の帰化種であるC. e. aquatilisもまた水生である。
上記を踏まえて、私としては沖縄本島の琉球青茎が本当にC. esculentaなのかに関して疑問を持っている。すくなくとも一般的な変種のどれにも当てはまらないように見える。
琉球青茎は付属器が雄花序の1.5倍であり、葉は丸葉で切れ込みが浅く、C. formosanaに似る。また、ランナーで増殖し2倍体である点でよく似るC. esculenta var. aquatilisが基本的に水生なのに対して沖縄青茎は専ら陸生で、かつ陸生で花序がよく似た蘞芋や、陸生の子芋利用品種群とは倍数性が異なる(2倍体)。
琉球青茎は人里近くに分布してはいるが、栽培化が試みられたC. formosanaなどの野生種である…という可能性も捨てきれない。げんにフィリピンでもあく抜きして利用するからだ。(そして八重山にはさらに食用になりそうにないC. e. aquatilisがわざわざ導入されたように見える)さらにいうと、琉球青茎はなんというかとても弱弱しくて、八重山でみるC. e. aquatilisのように直射日光の下に出てきて他の湿生植物と争うことは無く、林床の湿った場所にこじんまりと見られる。もと作物としては非常に不利な性質であると思わざるを得ない。
子芋利用品種は英語圏ではeddoes、親芋用品種はTaroとよばれる。
上記を踏まえて日本でみられる里芋C. esculentaを再分類すると
3倍体種
C. esculenta var. antiquorum Schott・・・サトイモ(子芋利用品種)=Eddoes
石川早生、土垂、黒軸
C. esculenta var. typica Engl.・・・サトイモ(子芋利用品種)
蘞芋
しばしばC. e. antiquorumに含められるが、付属器が雄花序より長い
各地に短いランナーを持つ個体群がみられる
C. esculenta var. nymphaeifolia
蓮葉芋
しばしばC. e. antiquorumに含められるが、葉柄に対して葉がほぼ直角に出る。
2倍体種
C. esculenta var. esculenta (L.) Schott・・・タロイモ=Taro 親芋利用
トウノイモ(唐芋)、ヤツガシラ(八つ頭)、タイモ、檳榔心、筍芋、赤芽(セレベス)など
C. esculenta var. aquatilis Haask. ・・・(和名なし)ランナー性の野生もしくは葉柄利用種
ミズイモ、ミガシキ、琉球赤茎*野生化したC. esculentaであり多系統
C. sp.・・・琉球青茎
C. gigantea・・・ハスイモ
といったところになるのではないだろうか。
普段食べている里芋の学名がわからない上に日本での認識がどうも海外と逆転して迷走を極めているらしい…というのは極めてもどかしい話で、早く何とかしてほしいところである。
参考文献
熊沢三郎, 二井内清之, & 本多藤雄. (1934). 本邦における里芋の品種分類. 園 芸学会雑誌, 25(1).
飛高義雄. (1971). サトイモの品種分類と作型の創設: 昭和 45 年度農業技術功労賞受賞記 (2).
谷本忠芳. (1998). < 論文> 日本産サトイモの分類および伝播. 農耕の技術と文化, 21, 71-104.
安溪貴子. (1987). 沖縄・西表島のサトイモ科植物の形態と染色体数.
安渓貴子. (1993). トカラ列島中之島のサトイモ類の外部形態と染色体数. 沖縄生物学会誌, (31), p21-28.
安渓遊地. (1985). < 論文> 西表島のタロイモ--その伝統的栽培法と利用法--. 農耕の技術, 8, 1-27.
青葉高. (1987). < 現地報告> 石芋伝説のサトイモについて. 農耕の技術, 10, 74-88.
Matthews, P. J., Nguyen, V. D., Tandang, D., Agoo, E. M., & Madulid, D. A. (2015). Taxonomy and ethnobotany of Colocasia esculenta and C. formosana (Araceae): Implications for the evolution, natural range, and domestication of taro. Aroideana, 38(1), 153-176.
Matthews, P. J., FANG, Q., & LONG, C. L. (2022). Colocasia spongifolia sp. nov.(Araceae) in southern China and central Vietnam. Phytotaxa, 541(1), 1-9.