ホソバミズヒキモ、という語を使いたくない。
笹の葉状の先端が尖った浮葉をもち、浅い湿地やため池に生える植物をホソバミズヒキモというならともかく。
そもそもホソバとはなんだ。ミズヒキモがないのにホソバミズヒキモがあるというのは変な話である。
牧野富太郎は有名な「日本産ヒルムシロ属」(1887)*1において”みづひきも” Potamogeton hybridusについて言及し、それについての記述を要約すると
「浮葉と沈水葉をもち、托葉は葉柄と分離する。浮葉は15~27㎜で柄は葉より短く、果実の嘴は明らかである。」
といったものである。
その後牧野は1891年の「日本植物志図編」においてみづひきもにPotamogeton miduhikimoの学名を与えている。
その後三木茂は「山城水草誌」においてみづひきもを北米、カナダからアメリカ合衆国東部中部に分布するPotamogeton vaseyiであるとしている。
しかしながら、牧野は「日本植物図鑑」において再度「P. vaseyiとミズヒキモは酷似しているが別種である」と主張し、その後の意見の主流となっている。
さて、原寛は「日満支植物雑考(其一)」*2において牧野の意見に準じており、違いとして
「P. vaseyiはカナダ及び合衆国東部中部に産し、浮葉は短濶で広楕円形円頭長さ1㎝内外が普通であり、痩果は背稜は鈍で背部にも基脚にも全く突起を有しない。ミヅヒキモは浮葉は通常狭長となり先端多少尖り、痩果は背部には殆ど突起がないが基部に近く微突起を有する。」
としている。
ホソバミズヒキモとミズヒキモを同じものとみなしたのもこの文献である。その根拠は以下である。
「一方ホソバミヅヒキモは、ミヅヒキモに極めて酷似し、唯痩果が背稜にも小突起を有し、花柱すこし長き点が異なる。この痩果の小突起は明瞭な場合もあるが、或時ははなはだ不顕著な微突起を有するに過ぎないものもあり、これ等をミヅヒキモと別種と認めるよりは同一種中の変化と大きく考える方が良いと思う。この二者は外形のみならず内部構造においても大差ない。さらにホソバミヅヒキモは熱帯アジアに広く分布してP. javanicus(ひめひるむしろ)と呼ばれていたものと同一種と考えられ、現今P. octandrumと云われているものであり、みづひきもはその一変種で北米のP. vaseyiとは異なる。P. octandrumは分布が広いだけに変化に富み地方的に異なる形もあって、数種に分けられることもあり、特に豪州、アフリカのものは再検を要する。」
とのことである。要するにホソバミズヒキモ=P. octandrusであって、ミズヒキモはその範疇と扱うべきだ、ということである。
原はこの文献で、「ミズヒキモ」の学名をP. octandrum var. miduhikimoと改め、「ホソバミズヒキモ」の学名をP. octandrumとしている。
この文献ののち、日本に産するP. octandrusに対する和名には「ホソバミズヒキモ」が用いられ、「ミズヒキモ」は姿を消す。
しかしながら、名前が一つになっても混乱はまったく解消していない。
角野康郎の「日本水草図鑑」および「日本の水草」では、日本各地にホソバミズヒキモと似て非なる植物があること、沈水性のものに対し「ナガレミズヒキモ」を提唱しようとしていることについて述べている。
Wiegleb & Kaplan, 1998*3はP. octandrus var. miduhikimoをP. octandrusのシノニムとし、P. vaseyiに関しては「P. octandrusと極めて似ているが分布域に大きな差がある」と述べている。
しかしながら薄葉満は「ふくしまの水生植物」にてミズヒキモvsホソバミズヒキモ論争を再度提示している。薄葉は両者の識別を浮葉の形態、痩果背稜の突起で行っている。薄葉によればホソバミズヒキモが酸性を、ミズヒキモはアルカリ性を好むといい、両者は生息環境もことなるという。
さて、原は「オーストラリアとアフリカのものは再検を要する」としているが、それがついにかなったのがFehrer et al., 2022*4である。この研究でオーストラリアとアフリカのP. octandrusは隠ぺい種であることが示されたのだが、日本のミズヒキモ類の二型に関しては触れられていない。ちなみに用いられた標本は青森と兵庫のものである。なお、青森に行った際にもホソバミズヒキモを見ている。(ミズヒキモsensu薄葉ではなく)また、アジアのP. octandrusグループに関しては日本と中国のものが用いられており、形態記述のFigには形態的にホソバミズヒキモとみなせる個体が用いられている。
アフリカの旧P. octandrusはP. parvifoliusと呼ばれることとなった。
豪州の旧P. octandrusはコバノヒルムシロと近縁であるらしく、P. tenuicaulisと呼ばれることとなった。コバノヒルムシロはP. tenuicaulisが長距離移動により東アジアに移住したことを起源とすると考えられるという。
以上をまとめると
・ホソバミズヒキモは痩果の背に低い突起をもつことと先端の尖った浮葉を特徴とする。Fehrer らのP. octandrusのアジア・グループ(狭義P. octandrus)に該当する。
・戦前の日本では、ホソバミズヒキモとは区別可能な”ミズヒキモ”が認識されてきた。これは痩果の背が平滑であり、浮葉は小判型であることを特徴とする、形態的にP. vaseyiと酷似する個体群である。
・”ミズヒキモ”の正体は現状では不明である。
・ミズヒキモとホソバミズヒキモ以外にも、狭義P. octandrusに該当しない可能性がある個体群が日本各地におびただしい数生育している
といったところである。
ここからは私の意見である。
*コバノヒルムシロの件を踏まえると、長距離移動による近似種がいる地域への進出を考慮すると、日本に(三木が指摘したように)P. vaseyiと酷似する個体群(つまりミズヒキモ)が分布するのは非常に興味深い。
*ホソバミズヒキモは形態的に定義可能な個体群にのみ用いられるべきであり、そこから外れた用法は混乱を招く。世界各地の流水域・止水域に広く分布する広義P. octandrusに対し、一概にホソバミズヒキモをあてる(ホソバミズヒキモ sensu 原)べきではない。
あくまでもこれは論文検索を趣味とする一趣味家のメモなので、誤訳や勘違いも含まれる可能性があることを了承いただきたい。あくまでもこんな意見があるよ程度に、文献調べの一助くらいに考えていただければとおもう。
*1:
https://doi.org/10.15281/jplantres1887.1.1_2
*2:
*3:Wieglet, G., & Kaplan, Z. (1998). An account of the species of Potamogeton L.(Potamogetonaceae). Folia Geobotanica, 33, 241-316.
*4:ここにFehrer, J., Iida, S., & Kaplan, Z. (2022). Cryptic species of pondweeds (Potamogetonaceae) at an intercontinental scale revealed by molecular phylogenetic analyses. Taxon, 71(3), 531-551.