狭葉性ヒルムシロ属こそ最もわけのわからない水草であり、身近に潜む水草最大の闇である。
狭葉性ヒルムシロ属について
ここであつかう狭葉性ヒルムシロ属はイトモ、ヤナギモ、ミズヒキモ、イトモなどをさし、センニンモは含めずに話そうと思う。なぜならセンニンモは葉縁に鋸歯がある、葉鞘をもつなど明瞭な同定形質が多くあり、染色体数が52と他の種に比べて倍である、他の2n=26,28の狭葉性ヒルムシロ属との雑種(アイノコセンニンモ)よりも、2n=52の広葉性ヒルムシロ属との雑種が多い(ヒロハノセンニンモ、サンネンモ、ノモトヒルムシロ)など、一見よく似たその他の葉が細いヒルムシロ属とは異なるグループに属すると考えられるためである。また、Stuckenia属に分類されることが多く、また他種と交雑しないリュウノヒゲモも含めない。
なお、ヒルムシロ属は過去様々な亜属や節が提唱されてきたが、それらを容易に跨いで交雑するし、あまり本質的なものとは思えないためざっくりした定義しか使えないように思っている。そのため非常にザックリと、狭葉性ヒルムシロ属 Linear-leaved PotamogetonないしNarrow-leaved Potamogetonとまとめておく。
なぜ狭葉性ヒルムシロ属は混沌なのか?
狭葉性ヒルムシロ属は過去百年以上にわたって分類の厄介な障壁になってきたし、現在もまたそうである。
あの植物は「人類の認知に抵抗性を持つ」と言っても過言ではない。
狭葉性ヒルムシロ属の厄介な点を列挙しようと思う。
・形態がよく似ている
サイズ以外の形態が非常によく似ている。細長い葉、三角から丸状の托葉、長い節間…文字にしてみるとほぼすべての種が同じであるように見えてしまう。
・花と果実が特徴に乏しい
殆どの場合4心皮の花であり、どれも同じようなものである。
果実にはやや特徴があるものもあるものの、所詮は大同小異である。
・条件により大きく形が変わる
ヒルムシロ属の多くに言えることだが非常に可塑性が大きい。ただでさえ同じような形であるので、生育条件によっては、しばしば他種にしかみえない個体が出現する。
・花が咲かない
滅多に花を咲かせない個体群が非常に多く存在する。時期と環境が適切でなければ花の観察は困難である。
・めったに結実しない
本来稔性のある種であっても自生地で結実している姿を見ることは極めて稀である。これは流水中で盛んに開花するにもかかわらず、水中では受粉~結実できないことによると思われる。栽培して止水条件で結実させて初めて稔性が明らかになる。
・めちゃくちゃ交雑する
ヒルムシロ属は基本的に交雑する。ときに突拍子もないものと交雑するので、日本に分布するものの間での雑種でも考慮していくときりがない。
・雑種の方が原種より多くて強い
現状では、河川でみられる狭葉性ヒルムシロ属の6~8割程度(場所により異なる)が何らかの雑種であるという体感である。雑種の海を漕ぎ分けてようやく原種が見つかる。これでは種概念を確立しにくい。
・長距離移動する
現在非常に困っているところである。水鳥にくっついて移動しうるため大陸間移動が発生する可能性を否定できない。げんに北米やヨーロッパからしか知られていなかった種が中国や極東ロシアから多数報告されるようになっており、それらが日本にも分布する可能性は非常に高い。さらにいえば、飛んできてそこで交雑し、遺伝子的な爪痕を残している可能性がある。
・雑種が結実する
信じがたいことだがヒルムシロ属ではよく起こることである。花粉が奇形だらけでも結実したりする。雑種から生じた種子に発芽能力があるかどうかはよくわかっていないが、もし発芽する場合遺伝子的に追いかけるのが非常に困難である。
・過去の記録が滅茶苦茶
由緒正しい(?)分類の混乱の歴史があり、過去の記録も同定がはなはだ怪しい。したがって遺伝子的に調べようにも遺伝子をとってくる元サンプルに問題がある可能性がありうる。
これらのことから、狭葉性ヒルムシロ属はとんでもない混沌になってしまっている。
この混沌を解消して理解するためには、まず世界レベルで形態学的アプローチが必要と思っている。
いきなり遺伝子で攻めていくにはかなり無理があるように思えてならない。遺伝子を調べる前に、そもそも前提とする同定が地域によって異なる可能性が高い。近年水草がとんでもなく移動能力に優れることがわかるまでは、地域が異なるために分けられている種も多かったし、除外診断的に同定される地域も非常に多かった。したがって、地域により同定の基準が大きく異なっていると思われる。
まずどれとどれが同じでどこが違うのかである。最も移動頻度が高いと思われる北半球に関しては急務だろう。そもそも同定が違うのでは遺伝子的な比較を行ってもおかしな結果が出てしまうし、遺伝的な差をもとに隠ぺい種を記載しようとしても、隔離分布に対して名付けられたシノニムの量産になってしまう。また、殖芽や種子などは記述があっても図がないものが多く、誤同定のもとになっている筈である。たとえば、北米産の種の殖芽や種子の形態を確認するためにFernald(1932)の画質が悪い白黒写真を参照しなければならない現状は非常に問題がある。Fernald (1932)は当時としては非常によくできているがその後多くの分類学的変更があった、殖芽がさく葉標本の写真のみである、発芽しかけで形が崩れているなど問題点を挙げればきりがない。すくなくとも、さすがに90周年となってはアップデートが必要だろう。
まず形態的にあたりを付けられるようにしなければならないし、ならなければならない。
そのうえで、おそらく多数存在する隠ぺい種を区分しその間での雑種を定義、それぞれについて形態記載を行うべきだろう。ただし過去大量に名付けられてきたものの中に該当するものがある可能性もあるため、慎重を要する。
さて、そんな中ではあるが幾つかの狭葉性ヒルムシロ属について簡単なガイドを書こうかと思っている。間違っている点も多いとは思うが、個人的に重要だと思っている点について書こうと思う。