久しぶりの「世界の珍妙水草シリーズ」である。
今回は、日本人の南米水草ブームの中でも「なぜか」導入された形跡のない数少ない水草である、Limnosipanea spruceanaを紹介していこう。
Limnosipenea spruceanaは見た目こそスギナモ症候群(Hippuris syndrome)に罹患した水草にすぎないが、その系統的位置を踏まえてみると世界の珍妙水草の中でもかなり上位に入るものだろう。
アカネ科の水草というだけでも面白いが、のちの研究により、アカネ科の中でも木本ばかりを含むグループから短命な一年草へと進化し、さらに水中に進出したようなのである(Delprete &Cortes, 2004)。
しかも、この属の中で沈水性のものはただ一種のみである。
Delprete, P. G., & Cortés–B, R. (2004). A phylogenetic study of the tribe Sipaneeae (Rubiaceae, Ixoroideae), using trnL–F and ITS sequence data. Taxon, 53(2), 347-356.
本種を始めて認識したのは、Richard Spruceであったらしい。彼はビクトリア朝を代表するプラントハンターであり、アマゾン川流域を探検し、さまざまな植物を採集してキューガーデンなどに収蔵したことで知られている。
彼はパラー州の砂地湿地にて、奇妙な植物を採集した。新種であることはもちろん把握していたようで、標本にはSipanea limnophilaとラベルをつけたものの、それを記載することはついぞなかった。
https://plants.jstor.org/stable/10.5555/al.ap.specimen.e00499998
本種を新属新種として記載したのは、前回の記事でも話題に出たJoseph Dalton Hooker(以下Hookerと呼称)である。
(Limnosipaneaの記載はp.38)
Hydrolythrum wallichiiのときは一見風変わりな沈水性種に単形の新属を与えたHookerであるが(奇しくもH. wallichiiの原記載も実質的に同じ書籍である*注釈:H. wallichiiの原記載には図がなく、誤字がいくらかみられる。内容は同じだがこちらでは修正されている。)、Limnosipaneaに関しては陸生~抽水性のL. palustris, L.schomburgkii(両社は現在同種と考えられている)と沈水性のL. spruceanaをセットで記載している。
Limnosipanea, Hook. f. gen. nov.
-Calycis tubus ovoideus, hispidus; lobi 5, lanceolati, subfoliacei, intus basi glandulosi, persistentes. Corolla hypocraterimorpha, tubo gracili intus glabro, fauce glabro tenuiter pubescenti v. villoso; lobi 5, petentes, membranacei, oblongi, obtusi, contorti. Stamina 5, fauce corollae inserta, filamentis filiformibus; antherae oblongae, exsertae, dorso affixae. Discus conicus. Ovarium 2-loculare; stylus filiformis, stigmatibus recurbis intus papillosis; ovula numerosa, placentis septo medio affixis inserta. Capsula ovoidea, crustacea, 2-locularis, loculicide 2-valvis, polysperma. Semina minuta, angulata,, testa reticulata, albumine carnoso.
-Herbae uliginosae, Amaricae tropicae incolae, graciles, erectae, caule terete, basi simplice, superne 2-3-chotome ramoso. Folia 3-∞-natim verticillata, superiora rarius omnia opposita, oblonga v. linearia. Stipulae obsoletae. Flores parvi, in fasciculos bracteatos terminales et in dichotomiis ramorum sitos dispositi, rosei, 2-bracteolati.
L. Spruceana Hook. f.; caule e basi decumbente erecto gracili, follis demersis ∞natim verticillatis anguste linearibus acuminatis, emersis 3-6-natim verticillatis multo brevioribus ovatis ovato-lanceolatisve acuminatis pedunculis floriferis erecto-patentibus elongatis gracilibus, corollae rosaeae fauce pubescente.
-Sipanea limnophila, Spruce, n. 1027.
Fig. 1. Flower. 2. Corolla, laid open, 3. stamens. 4. Ovary and 2 calyx-lobes. 5. Transverse section of ovary: -all magnified.
さて、Hookerはこの属を、特異な生態や退化的な托葉、突き出した雄蕊からSipaneaと異なると考え(*誤字なのか本文中ではSipaniaとなっているが)、Limnosipaneaの名を与え、L. spruceanaの近似種としてL. palustrisとL. schomburgkiiを記載している(*後二者はのちに連続した変異の範疇であるとDelpreteは指摘している(Delprete, P. G. (2022). Monograph of tribe Sipaneeae (Rubiaceae, Ixoroideae). a neotropical group with its center of diversity on the Guiana Shield.))
(**HookerはLimnosipaneaのタイプ種を指定していないが、L. spruceanaであろう。のちにSteyermarkがタイプ種をL. spruceanaとしており、これに従う)。
(**HookerはLimnosipaneaのタイプ種を指定していないが、ふつうに読めばL. spruceanaであろう。のちにSteyermarkがタイプ種をL. spruceanaとしており、これに従う)。
L. spruceanaはその奇怪な外見から、いくつかのシノニムが記載されている。
1931年にはPaul Carpenter Standleyが最初のシノニムであるL. kuntzeiをボリビアから記載しており、花が無柄であることが識別形質と考えられた。
v.7:no.3 (1931) - Publication - Biodiversity Heritage Library
1943年にはHenri François Pittierが輪生数の違いからL. ternifoliaを記載し、もうひとつのシノニムであるL. guaricensisを記載しているが現在ではアクセプトされていない(この文献にアクセスできていないので深追いは避ける)。
L. spruceanaの生態についてはDelprete (2022)に詳しいので、これをもとにみてみる。
L. spruceanaは季節的に水没するサバンナや川沿い、オオミテングヤシの出現する沼地などに生育し、0.3~数メートルの冠水ののち、水が引いた直後の場所でみられることの多い両生植物である。これらは短命な一年草(生育期間2~4か月)であることが多い一年草型であり、群生すると赤い茎が遠くからでも目立つという。自生地によっては水が引くと牧草地に使われるといい、放牧される前に結実して生存しているらしい。
赤道より北のコロンビア、ベネズエラ、ギアナ、ブラジルのロライマ州では9月~12月、赤道より南のアマゾナス州、ゴイアス州、マットグロッソ州、ミナスジェライス州、パラー州、トカンチンス州、ボリビアのサンタクルズ州では5~7月に開花個体がみられるという。
湧水域など常に水がある場所で沈水茎は40㎝ほどまで伸び、基部は木質化することがあるという。こちらは多年草で、水中での茎は緑色だが、抽水部は茎が赤くなる。
沈水葉は葉は5~20×0.4-0.7㎜の線状~針状で、1脈からまれに3脈、3~6(8)輪生、茎は疎らに分岐することがあり、長さ50㎝に達するものの、陸上では10~30㎝、陸上から水面に顔を出す場合では抽水部は5~25㎝。
花は長さ3~6㎜だが、より花の大きい型(L. spruceana var. macrantha)も存在する(した?)。ただし採集地点付近は大豆プランテーションとなり、現存しているか怪しい。
最後に…
本種は生きた個体の写真が殆どない、謎の水草である。
アクアリウムにおいて…殊に南米水草ブームにおいて、本種の姿が見当たらないのは不思議なことだろう。但し、気付けていないだけでどこかに写真が転がっているかもしれない。いままで生き残っていないのは一年草だからだろうが、その知名度の低さ故かもしれない。本種は生態写真こそほとんどないものの、その標本資料は割と多く、眼に触れなかったと考える方が不自然かもしれない。今後、このような植物がどこかに映っていないか探してみようと思っている。