川底に揺らめく鮮やかな緑色はいやがおうにも目に入るし、同所的に生育するコカナダモのどす黒い緑色とは比べるべくもない美しさである。バイカモは世間的にも人気が高く、しばしばバイカモ自体が観光名所とされていたり、ホタルの名所の看板にバイカモが自生することが表記されている。はてには和菓子の題材にされたりもする。こんなにも優遇されている水草はそうそうないだろう。
食用になる水草としてもバイカモは有名だ。食べてみたことがあるが、少し香りがあるがわざわざ食べるほどかといわれればうーん、といった味だった。しかしこれは、私がバイカモをRanunculus属だと認識していて、またRanunculus属はほとんどが毒草であることを認識していたため、警戒心が先走って食味を評価できなかったためかもしれない。しかしまあ私の警戒心も、まったく無根拠であるというわけではないのだ。あの「なんでも食べて岸部のヨシすら絶滅に追い込む」ソウギョでさえも、バイカモは嫌って食べないと聞いたことがある。また、ウチダザリガニが大繁殖していて沈水植物がほとんど見られない某沼でも、バイカモは水中に見られた。ようするに私と同程度かそれ以上に水の生き物はバイカモを警戒しているのではないか?と思ってしまうのである。
このようにちやほやされるバイカモだが、やはり珍重される理由はあの花だろう。水中であれほど開花する水草はほとんどない。バイカモの花は白いことを除けばウマノアシガタそっくりである。水中で開花してしまう理由としては浮葉を欠くことがあげられるだろう。日本にも自生する近縁種であるミシマバイカモやイチョウバイカモは浮葉をともない水面に花を安定させる。海外の近縁種はもっと顕著であり、タゴボウとバイカモの中間型のようなものが多い。バイカモの花はどうみても虫媒花だが、水中でもしっかり結実する。流水を好むくせに流水中では結実できないヒルムシロ属の面々も見習ってほしいところだ。
上流域の河川や水路ではバイカモはもっともふつうにみられる水草であり、低水温さえあれば他の水草が生育しえないような急流や暗い場所でも旺盛に繁茂する。バイカモは水質汚濁に弱いといわれているが、生育できる水温の地域は湧水の直下や上流域に限られるので、北海道でもない限り水質汚濁や富栄養化が問題になることはそうそう無いだろう。
上流域の水域は水草にとって不毛の地であり、コケ植物のアオハイゴケ、ウスキシメリゴケを除くと抽水植物はツルヨシくらい、沈水植物はバイカモとコカナダモしかみられない。上流域の底質は貧栄養層な岩石質から砂質である。底質が有機質をほとんど含まない砂礫の環境では育つことができる水草はほとんどない。いくら水があっても、根を張る場所が砂しかないのであれば土壌は無いに等しい。それがこの植生の貧層さの原因となっているとみられる。大磯砂を敷いただけの水槽にいきなり水草を入れてもほとんどの種類が育たないのと同じである。バイカモはこうした特殊な環境を独占することで上流域の覇者となってきたのである。流水のイメージが強いバイカモだが、水温さえ低ければ止水でも十分に生育できる。湖岸付近からは一切バイカモが視認できない貧栄養湖でも、切れ藻が打ちあがることがある。恐らく沖合の水温が低い場所から発生しているのだろう。
よくバイカモを珍しい水草だという人がいるが、それは単に平野で低水温の水域がない環境では生育しないだけであり、環境が悪化していなくなったわけではないのではと思う。ただし減少しているのは事実である。私が最初にバイカモを見かけた近所の小川は、数年前の台風で氾濫して群落がすべて押し流され、いまではコカナダモしかみられない。過度の撹乱が入ると再生しにくいようで、そうなったところはコカナダモに覆われてしまうようである。コカナダモは(関東平野の水域の殆どを覆ってしまった終末世界を除いて)本当にどんな環境にも適応できるので、バイカモの領分にも進出できるのである。バイカモは切れ藻増殖も盛んなので本来は保護するような植物ではないと思うのだが、コカナダモという強力な競合相手がいる限り、コカナダモに厳しくバイカモに甘く接しておかなければすべてがコカナダモのどす黒い群落に覆われてしまうだろう。
バイカモにはよく似た種がいくつかいるが、関東ではいまだに普通のバイカモしか確認したことがない。しかしこれはあまりにもバイカモがありふれていて私が見飽きてしまっていること、しかも草体には何の違いも見当たらないがために違いを調べようともしていないためかもしれない。一時期調べようとしてみたが、あまりにどれもこれも普通のバイカモであるために飽きてしまった。げんにこれを書いている今日も橋の上から水草が茂っているのを見て、バイカモだと判断するや否やそのまま帰ってきてしまった。こんな怠惰を続けている限り、珍しいバイカモに遭遇することはできないだろう。