ホタルイと名の付く植物はコツブヒメホタルイ以外観察できたので、今回は日本産ホタルイ類をまとめてみる。
ホタルイ Schoenoplectiella hotarui (Ohwi) J.Jung et H.K.Choi
生息地:やや撹乱を受けるものの毎年は受けない中栄養の湿地、谷津田の縁、休耕田。水田に侵入することはきわめて稀である。
水深:水深0.5~3㎝。水がヒタヒタな場所を好む。抽水植物というより湿生植物であるが水が全くない環境も好まない。
全草の概形:中型で高さ20~50㎝。ときに60㎝を超える。茎断面は円形。苞はあまり長くなく、全高の1/3以下。小穂は卵型で丸みが強く、1~4個(とされるが10程度まで見たことがある)がまとまってつく。小穂が太短いため、数のわりにボリュームがあるように見える。
小穂:小穂の大きさは6~14㎜×4~6㎜でイヌホタルイほど穂が長くなることはないが、太さは同等である。小穂のらせん状の溝は明らかでない。
痩果:痩果は大型で2㎜を超え、イヌホタルイと同等の大きさである。柱頭は3岐。刺針状花被片は6本で痩果の1.5倍長。
染色体数:2n=42
発芽:種子の寿命は長く、土壌中で7年貯蔵されても9割以上の発芽率を保つ。種子は水中でも発芽可能であり、水温25~35度を必要とする。しかしながら出芽深度がきわめて低く、1㎝覆土されただけでも発芽率は大きく低下する。水深も1㎝条件に比較し3㎝以上では出芽率が低下する。
除草剤感受性:高い
生態:谷津田の縁などに生える。ごく浅い湿地に生育する撹乱依存植物とみられるが、水田に発生することはない。痩果が大型であることから、撹乱まではシードバンクで休眠しているのではなかろうか。競争力が弱く成長もおそいことからは、本来やや貧栄養な撹乱を受ける湿地に生育する植物ではないかと思う。イノシシのヌタ場などに本来生育するのではないか。
類似種:イヌホタルイ、マルホホタルイ、コホタルイ、ミチノクホタルイ、タイワンヤマイ
類似種との比較
イヌホタルイはより大型で茎がより太く弱い稜を帯び、様々な場所に出現する。小穂は幅はほぼ同じだがイヌホタルイの方が細長い。成長が不十分な個体の場合、小穂を分解しないと同定が困難である。柱頭数は通常2岐だが3岐がしばしば混ざるため決定的でない。刺針状花被片はイヌホタルイの方がやや短い(イヌホタルイでは痩果と同長~やや短い)とされるが、分解時に破損することもあり決定的かどうかは疑問があるため、両方を確認すべきと思われる。
マルホホタルイの小穂はより丸みを帯び、巻貝状の顕著な溝をもつ。あくまで個人の感想ではあるが、マルホホタルイの方が茎が細く華奢であり、自重で放射状に倒伏する個体を多く見かけた。根茎はホタルイと似て殆ど発達せず、絡み合うように分ケツする。
コホタルイは苞が長く、小穂も痩果も小型で短い。小穂は数が多く、通常10以上ある。柱頭は2岐。コとつくがホタルイより大型の植物であり、茎は細く小穂は小さいものの高さは60㎝ほどになる。あくまで個人の感想であるが草体はやや白緑色であり、イヌホタルイやホタルイよりも若干色が淡い印象を受けた。根茎はホタルイと似て殆ど発達せず、絡み合うように分ケツする。
ミチノクホタルイは小穂の数が多く、5~15ほどである。小穂はホタルイとよく似ている。柱頭はホタルイと同じく3岐である。根茎が発達し、直立ないし斜上する。ホタルイより深い場所にも生える。高山性ないし北方系種。あくまで個人の感想であるが草体はやや白緑色であり、大きさはイヌホタルイと同程度であるものの、イヌホタルイやホタルイよりも若干色が淡い印象を受けた。観察した印象として肉眼的にはコホタルイに酷似しているが、茎はコホタルイやホタルイよりも軟弱で乾かすと潰れて平らになってしまう。
タイワンヤマイは苞が長く、小穂の数が少なく(1~4)、細長い。痩果は小型である。小穂は熟しても緑色で、全体に緑色が強い。細いながらも茎には弱い稜をもつ。
交雑種に関しては保留する。
マルホホタルイ Schoenoplectiella hotarui (Ohwi) J.Jung et H.K.Choi f. globosospiculosa (M.Kikuchi) T.Hoshino, Tomomi Masaki et Katsuy.
生息地:やや撹乱を受けるものの毎年は受けない中栄養の湿地
水深:水深0.5~3㎝。水がヒタヒタな場所を好む。抽水植物というより湿生植物であるが水が全くない環境も好まない。
全草の概形:観察したことがある個体は小型で高さ10~40㎝。茎断面は円形で細い。苞はホタルイやイヌホタルイよりやや長い印象を受けたが、安定した形質かは不明である。小穂は卵型で丸みが強く、1~3個がまとまってつく。小穂が太短いため、数のわりにボリュームがあるように見える。茎が細いため結実期には自重で茎が倒伏する。
小穂:小穂の長さが幅の倍程度である。小穂はらせん状に鱗片がつき、顕著な溝をなす。
痩果:痩果は大型で2㎜を超え、イヌホタルイと同等の大きさである。柱頭は3岐。刺針状花被片は6本。
染色体数:不明。
発芽:不明。
除草剤感受性:不明。
生態:平野部の湿地で確認している。比較的安定した環境を好むと思われる。
類似種:イ、ホタルイ、イヌホタルイ、コホタルイ、ミチノクホタルイ、タイワンヤマイ
類似種との比較
マルホホタルイは小穂が特徴的であり、小穂が強く丸みを帯びらせん状の溝をもつことを確認すれば他のホタルイ類から区別できると思われる。しかし開花初期や花のない状態では他の種と紛らわしい場合がある。ホタルイとマルホホタルイは別種かもしれないが長らく混同されてきたため、今まで調べられてきた「ホタルイ」に関する情報にマルホホタルイの情報が多く含まれる可能性がある。
イは花が全く異なる。しかしながら花のない個体はイと酷似しており、茎の太さが同程度であることや分ケツのしかたが似ていることもありしばしば判別困難である。
ホタルイはより大型である。小穂はマルホホタルイとイヌホタルイの中間的な大きさでマルホホタルイより長くらせん状の溝を持たない。
イヌホタルイはより大型で茎がより太く弱い稜を帯び、様々な場所に出現する。イヌホタルイの方が小穂が細長い。観察した限りではイヌホタルイの方が直立傾向が強く小穂も似ていないため、穂がついた状態での草姿は一見して異なる。
コホタルイは苞が長く、コとつくがより大型の植物であり、茎は細く小穂は小さいものの高さは60㎝ほどになる。小穂および痩果は小型で短い。小穂は数が多く、通常10以上ある。柱頭は2岐。根茎はマルホホタルイと似て殆ど発達せず、絡み合うように分ケツする。
ミチノクホタルイはより大型で小穂の数が多く、5~15ほどである。小穂はホタルイとよく似ている。柱頭はホタルイと同じく3岐である。根茎が発達し、直立ないし斜上する。
タイワンヤマイは苞が長く、小穂の数が少なく(1~4)、細長い。痩果は小型である。小穂は熟しても緑色で、全体に緑色が強い。細いながらも茎には弱い稜をもつ。
交雑種に関しては保留する。
イヌホタルイ Schoenoplectiella juncoides (Roxb.) Lye
生息地:水田などの富栄養水域の浅瀬、撹乱後の裸地
水深:水深0~10㎝の止水域
全草の概形:日本産ホタルイ類ではもっとも大型で、ときに80㎝ほどになり直立傾向が強い。小さな株では目立たないが大きく育った株は弱い4~5稜をもち、指の腹で転がすとゴリゴリしている。小穂はやや細長く、成長の良い株では10以上つくこともある。
小穂:小穂の長さが幅の3倍をしばしば超える円錐形である。成長につれ小穂も長くなる。
痩果:痩果は大型で2㎜を超え、ホタルイと同等の大きさである。柱頭は2岐、ときに3岐。刺針状花被片は6本で痩果と同等かやや短い。
染色体数:2n=74, (76)
発芽:発芽適温は15~35度と、他のホタルイ類よりも低温で発芽する。低温保存された場合、湛水土中よりも畑土中で早期に休眠が打破される。光発芽種子であるものの土中4㎝からでも発芽率が保たれ、水深は発芽率に影響しない。
生態:水深1~30㎝(栽培下)で発芽し、短く硬い沈水葉を数枚(通常5枚以下)形成した後に円柱状の稈を伸ばし、抽水形となり開花する。生育は日本産ホタルイ類の中で最速であり、抽水形はその年のうちに開花結実する。成長するにつれ稜を3~5本もつようになる。年を経るにつれ株は大型化し、高さ1mほどになることもある。
除草剤感受性:CNP, ジメタメトリンに関しては感受性が低い。MCPA、ピペロホス、ベンタゾンに関しては感受性があるもののホタルイに比べると低い。スルホニルウレア系に対する抵抗株が出現している。
類似種:シカクホタルイ、イヌシカクホタルイ、ホタルイ、コホタルイ、ミチノクホタルイ、タイワンヤマイ
類似種との比較
野外で見かけるホタルイ類の99.9%はイヌホタルイであるといっても過言ではない。ホタルイとの差異は柱頭数と茎の断面であるが、しばしばオーバーラップする。シカクホタルイとイヌホタルイの差異もかなり微妙である。
交雑種であるシカクホタルイおよびイヌシカクホタルイに関しては両者を区別して認識できていないため割愛する。イヌシカクホタルイは結実率が低いことが知られるが、シカクホタルイは結実する。両者は形態的にも差異があるようだが、染色体数も異なる。
ホタルイは茎断面が成長しても円形であり稜を欠く。柱頭は3岐を基本とする。水田に侵入することは滅多にない。
コホタルイは茎が細く、苞が長く、小穂および痩果が小型である。小穂の数は多い。
ミチノクホタルイは小穂が多く、柱頭は3岐であり、根茎が発達する。
タイワンヤマイは小穂が細長く緑色を強く帯びる。
タイワンヤマイ Schoenoplectiella wallichii (Nees) Lye
生息地:湿地、水田などの富栄養水域の浅瀬
水深:水深0~5㎝の止水域
全草の概形:日本産ホタルイ類では小型で、高さ40㎝ほどになる。苞は長く、全草の1/3を超える。茎は細いが弱い数稜をもち、指の腹で転がすとゴリゴリしている。小穂は細長く、緑色で2~4個つく。
小穂:小穂は細長く熟しても緑色である。数は少ない。
痩果:痩果は小型で1.5㎜、柱頭は2岐。刺針状花被片は4~5本で痩果の2倍長。
染色体数:2n=74, (76)
発芽:発芽適温は20~40度と、他のホタルイ類よりも高温でも発芽する。光発芽種子であるものの土中1.5㎝からでも発芽する。水深および覆土の影響はホタルイほどではないものの、イヌホタルイよりも受けやすいとされる。
生態:分布が薄い地域をホームグラウンドにしているため観察数が不足している。
除草剤感受性:CNP, ジメタメトリンに関しては感受性が低い。MCPA、ピペロホス、ベンタゾンに関しては感受性があるもののホタルイに比べると低い。スルホニルウレア系に対する抵抗株が出現している。
類似種:イヌホタルイ、ホタルイ、コホタルイ
類似種との比較
タイワンヤマイは分布に著しく偏りがあり、関東地方ではほとんどみられない。東北から日本海側の大河川周囲では水田に侵入し問題となっている。西日本、南西諸島にも分布するが、少ないとされる。
イヌホタルイはより大型で、苞は短い。比較しうる小型個体の茎断面は円形である。穂はより太いが、タイワンヤマイが少ない地域では疑心暗鬼になって誤同定しやすい。
ホタルイは茎断面が成長しても円形であり稜を欠く。柱頭は3岐を基本とする。水田に侵入することは滅多にない。
コホタルイは小穂および痩果が小型である点でやや似るが、小穂の数は多く小穂は短い。
コホタルイ Schoenoplectiella komarovii (Roshev.) J.Jung et H.K.Choi
生息地:休耕田、撹乱後の河川敷、湿地
水深:水深0~5㎝の湿地
全草の概形:高さ20~50(60)㎝ほどになる。苞は長く、全草の1/3を超える。茎は細く稜を欠く。小穂は小型で円錐状で短く、他の種に比べて丸みを帯びず、10程度がまとまってつく。観察数が少なく決定的かどうかは不明だが他のホタルイ類より白っぽい。
小穂:小穂は円錐状で表面は整っており、他のホタルイ類と比べて白っぽく、数は多い。熟すと茶色くなる。
痩果:痩果は小型で1.2~1.5㎜、倒卵形で他のホタルイ類に比べて細長い。柱頭は2岐。刺針状花被片は4~5本で痩果より長い(観察した個体の場合、1.5倍弱であった)。
染色体数:2n=38
発芽:種子の寿命は短く、3年以上の保存で発芽率が低下する。15度以上で発芽する。光発芽種子であり覆土すると発芽できないことが知られている。
生態:稀種であり観察数が不足している。
除草剤感受性:不明である。
類似種:イヌホタルイ、ホタルイ、ミチノクホタルイ
類似種との比較
コホタルイは北海道以外では稀種なのではないかと思っている。関東平野では少なくとも、きわめて稀少である。小穂が多く、苞が長いことで他のホタルイ類と区別できるが、ミチノクホタルイと酷似している。
イヌホタルイはより茎が太く、苞が短い。痩果はより大型で幅広である。
ホタルイは苞が短く、痩果はより大型で幅広である。
ミチノクホタルイは非常によく似ているが茎がより太く苞が短く、根茎が発達する。
ミヤマホタルイ Schoenoplectiella hondoensis (Ohwi) Hayasaka
生息地:高層湿原の安定した池塘
水深:水深5~20㎝の水中
全草の概形:高さ50㎝ほどになる。苞は短い。茎は細く稜を欠く。小穂は小型で円錐状で短く、1~5個と少ない。観察数が少なく決定的かどうかは不明だが他のホタルイ類より白っぽい。根茎は日本産ホタルイ類としては唯一、横に伸びるが斜上する場合もある。
小穂:卵型で中型。他のホタルイ類と比べて白っぽい。
痩果:詳細な観察ができていない。
染色体数:2n=38
発芽:低温で休眠打破され、15~30度で発芽する。*水田周囲に生じた個体群に関しての情報であり、実際にはミチノクホタルイである可能性は否定できない。
生態:高山などの安定した池塘に分布する。保護地に生育するため詳細な観察はできていない。
除草剤感受性:不明である。
類似種:ミチノクホタルイ、ホタルイ
類似種との比較
ホタルイは根茎が発達しない。
ミチノクホタルイは小穂がより多く、結実期には苞が折れ曲がる。開花期には両者の違いは明らかでない。
ミチノクホタルイ Schoenoplectiella orthorhizomata (Kats.Arai et Miyam.) Hayasaka
生息地:湿原の撹乱地、高地の農業用ため池
水深:水深0~10㎝の水中
全草の概形:大型で高さ80㎝ほどになる。苞は短い。茎は細く稜を欠き、軟弱ですぐ潰れる。小穂は小型で円錐状で短く、6~12個。観察数が少なく決定的かどうかは不明だが他のホタルイ類より白っぽい。根茎は発達し、直立または斜上する。
小穂:卵型で中型。他のホタルイ類と比べて白っぽい。
痩果:1.5~1.9㎜×1.1~1.5㎜、コホタルイより大きいがホタルイより小さい。柱頭は3岐。刺針状花被片は6で痩果より長い。
染色体数:
発芽:低温で休眠打破され、15~30度で発芽する。*水田周囲に生じた個体群に関しての情報であり、実際にはミチノクホタルイである可能性は否定できない。
生態:高山などの安定した池塘に分布する。保護地に生育するため詳細な観察はできていない。
除草剤感受性:不明である。
類似種:ミヤマホタルイ、ホタルイ
類似種との比較
コホタルイは草体および小穂の数や大きさが酷似しているが柱頭は2岐であり痩果はより小型で細い。
ホタルイは根茎が発達しない。
ミヤマホタルイは小穂がよりすくなく、結実期にも苞が折れ曲がらない。
ヒメホタルイ Schoenoplectiella lineolata (Franch. et Sav.) J.Jung et H.K.Choi
この種に関しては生態・形態とも独特であり迷うことはないため割愛する。
参考文献
須藤孝久. (1975). 東北地方のホタルイ類似水田雑草の種類について. 雑草研究, 20(2), 87-88.
住吉正. (1997). ミヤマホタルイ種子の休眠・発芽および長期間貯蔵されたホタルイとコホタルイの種子の発芽と出芽. 日本作物学会東北支部会報, 40, 61-63.
岩崎桂三. (1983). ホタルイ類の生態と防除. 雑草研究, 28(3), 163-171.
新井勝利, & 宮本太. (1997). 日本産ホタルイ属の 1 新種. 植物研究雑誌, 72(5), 297-300.
星野卓二・正木智美・西本眞理子.(2011).日本カヤツリグサ科植物図譜.平凡社,東京.778p.