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トウゴクヘラオモダカに関して

トウゴクヘラオモダカはおもに関東地方に分布する、日本固有のオモダカ科植物である。私の見ている限りでは谷津田最上部の湿地や、棚田の堀上(湧水を温めるために掘られた溝)に生育することが「多い」が、何の変哲もない水田にひょっこり出現することも時々ある。

関東地方ではときにヘラオモダカと混生することがあり、紛らわしい。

両者に関しては薄葉, 1986*1

, 勝山, 1990*2, 野口, 青木, 1991*3に詳しい。

 

両者に関してはすでに詳しく述べられているサイトがある。私のブログよりよっぽど出来がいいので両者の形態について知りたい方はこちらの参照をお勧めする。

トウゴクヘラオモダカ

トウゴクヘラオモダカ

ヘラオモダカ変異種Part2

ヘラオモダカ変異種

ヘラオモダカ変異種Part3

要点としては

「葯は黒褐色」

「花弁の切れ込みが深い」

「花数が少ない」

「小さい」

「花茎の第一分岐は2を”基本とする”【2とは限らないが出始めの時点でメインは2】」

といったところだろうか。

また、葉も参考になる

*4

そして、トウゴクヘラオモダカは特に関東に限ったものではない。そもそも原記載においても西日本産の標本について言及がある。

 

さてトウゴクヘラオモダカvsヘラオモダカで気になっていることがある。

両者はともに交雑種を起源とする異質倍数体であることが明らかにされている*5*6

両者の親種に関してはトウゴクヘラオモダカはJacobson & Hedrén, (2007)では未知の絶滅種とA. gramineum、ヘラオモダカは未知の絶滅種とサジオモダカとしており、Ito & Tanaka (2013)はヘラオモダカおよびトウゴクヘラオモダカは未知の絶滅種×2の交雑種による異質4倍体であり、およびヘラオモダカの一部はそれにサジオモダカの交雑した異質6倍体である、としている。なお両研究ともヘラオモダカとトウゴクヘラオモダカの間にはある程度の距離があるとしており、別種扱いのままで良いと思われる。

Ito & Tanaka (2013)はヘラオモダカにも複数の遺伝的グループがあることを指摘しているが、それを加味してもトウゴクヘラオモダカは異質なようだ。

さて、このセオリーからすると日本には

サジオモダカ

未記載種X(恐らく絶滅?)

未記載種Y(恐らく絶滅?)

(未記載種X×Y)×2=トウゴクヘラオモダカ

(未記載種X×Y)×2=ヘラオモダカ4倍体

(未記載種X×Y×サジオモダカ)×2=ヘラオモダカ

がいて、サジオモダカ×Xやサジオモダカ×Y、ヘラオモダカ4倍体×X or Yが存在していても特に驚いたことではない。

さてここまでは本ブログでも以前話題にした。

黎明を拓け - 水草オタクの水草がたり.

トウゴクヘラオモダカとヘラオモダカが少なくとも片親を共有することがわかってみれば、フィールドで抱く疑問はかなり解決する。

ヘラオモダカに黒褐色の葯があっても「片親の血が強く出たのだろう」といえるし、葉の形態の変化の大きさも了解可能なものである。またしばしば見られる”中間型の個体”(所謂”シモツケヘラオモダカ”などとよばれるもの)も実際には未記載種Xや未記載種Y、およびそれらとの戻し交配によるものが含まれているのかもしれない。

 

さて個人的に気になっていることがある。

水田に発生するトウゴクヘラオモダカ”状の個体”と、谷戸に発生する”真の”トウゴクヘラオモダカでは花序に若干違いがあるような気がしている。花序の第一分岐ではなく、見るべきは先端である。

真のトウゴクヘラオモダカは花柄が細長く、しばしば湾曲し、開出幅が狭い。それに対して水田に生じるトウゴクヘラオモダカ的な個体およびヘラオモダカは花柄が太短く直線的で開出幅は広い。また、真のトウゴクヘラオモダカは花序の頂点はひょろひょろと長く伸び、力尽きるように終わるのに対し、ヘラオモダカや水田のトウゴクヘラオモダカ的な個体は花序は規則正しく、かつ突然に終わる。トウゴクヘラオモダカの花序がひょろひょろどこまでも伸びていく形質はむしろサジオモダカに似ているが、サジオモダカは側枝もひょろひょろ伸びていくのに対しトウゴクヘラオモダカは上方向のみである。

但しこの形質も小型個体でははっきりしないのが難点である。水田のトウゴクヘラオモダカはときに、500円玉サイズにも満たず葉も2~3㎝の数枚で結実することがあるからだ。これでは葯の色くらいしか確認しようがあるまい。

 

2つの優占的な雑種起源種であるヘラオモダカとトウゴクヘラオモダカの陰に隠れて、未知の何かが蠢いている。

おそらく未知の植物X、Yは花茎が伸長し続ける性質、短くまっすぐな形質、黒褐色の葯、黄色い葯、細く柄と葉の境界がはっきりしない葉、丸葉で葉柄と葉の境界がはっきりした葉、桃色を帯びる花、白い花…こういった特徴が非典型的に入り乱れて、かつ(倍数が少ないのでおそらく)小型な個体なのだろう。自然度の高い地域に生える可能性もあるが、水田などの人為環境を主な生息域とする可能性もある。なぜならX, Yともに植物収集家の目を逃れ続けてきたためである。ものすごい秘境にいると仮定するより、ヘラオモダカ類ということもあってむしろ人為環境のほうが考えやすいかもしれない。そういう場所の植物は案外、見逃されやすいように思う(北海道のヤナギタウコギとかの例を聞くに…)。

 

 

 

*1:http://mizukusakenjp.sakura.ne.jp/PDF/BWPSJ025_10.pdf

*2:https://nh.kanagawa-museum.jp/files/data/pdf/nhr/11/nhr11_143_146katsuyama.pdf

*3:

http://mizukusakenjp.sakura.ne.jp/PDF/BWPSJ043_5.pdf

*4:土屋守, 1994. 茨城県笠間市のトウゴクヘラオモダカについて

http://mizukusakenjp.sakura.ne.jp/PDF/BWPSJ052_5-6.pdf

*5:Jacobson, A., & Hedrén, M. (2007). Phylogenetic relationships in Alisma (Alismataceae) based on RAPDs, and sequence data from ITS and trn L. Plant systematics and evolution265, 27-44. https://doi.org/10.1007/s00606-006-0514-x

*6:Ito, Y., & Tanaka, N. (2023). Phylogeny of Alisma (Alismataceae) revisited: implications for polyploid evolution and species delimitation. Journal of Plant Research, 1-17. https://doi.org/10.1007/s10265-023-01477-1