水草オタクの水草がたり.

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ウォータースプライトは何者なのか

ウォータースプライト、アメリカンスプライト、ベトナムスプライト、ラオススプライト…さまざまなスプライトがある。ウォーターファンもまた、スプライトの一種であるし、日本の水田で普通にみられるヒメミズワラビもまた、どうみてもスプライトである。さてアクアリストがスプライトと呼んでいる植物はCeratopteris属である。このグループは非常に分類が厄介なことで知られており、何種に分けるかはいまだに諸説ある。育てればすぐわかるようにスプライトもまた形態がかなり可変し、同定が困難なのである。

シダの同定といえば胞子嚢である。

胞子嚢にはほとんどのCeratopterisで32個の胞子が入るのだが、16個胞子が入るC. richardiiはこの点で区別される。C. richardiiはライフサイクルが短いことからモデル生物として1960年代から用いられ続けているが、そもそも野生から採集されたことも稀である幻の植物である。もしかすると野生からはすでに絶滅した可能性すらある。

さて、残念ながら残りのスプライトは胞子嚢で区別することはできない。

次に、環帯の細胞数がふつう10未満であるCeratopteris pteridoides ウォーターファンが区別される。ウォーターファンは明らかに独特なのでわざわざ環帯をみることはないかと思われる。ウォーターファンは南米と中国に分布しているとされるが、おそらく中国の記録は概形がよく似るものの栄養葉が細いC. chingiiではないかと思われる、

Ceratopteris cornutaは裂片および葉全体の慨形が明らかに三角形を帯び、分岐が少なく基本的に1回羽状複葉のタイプである。熱帯アフリカに分布しており、アクアリウムで扱われたことがほとんどない。従来ウォータースプライトとして扱われてきたものにこの名があてられてきたが、ギニアC. cornutaを実際に見てみると全くの別物であった。また、葉はC. chingiiによく似ている。

残りの比較的細かく分かれ、概形が綺麗な三角形にならないものがC. thalicoidesとされてきたが、これには数多くの隠蔽種が含まれていることがのちの分子系統解析を含めた研究で明らかになった。

変異が大きいため参考ではあるが、旧C. thalicoidesは以下のように分別される。

  1. thalicoidesは栄養葉の葉柄が葉身よりしばしば長く直立傾向であり、裂片は密にならない。先端はおもに丸く、先端部の裂片は楕円形から長楕円形、先端は丸い。沖縄でみられるミズワラビがこれに相当し、非常に大型となる。胞子葉は5回ほど分岐し、環体の細胞数は普通40未満。染色体数2n=154.

東南アジアからオーストラリアに広く分布する。アフリカや南北アメリカのものがどうであるかは不明。

残りの種は栄養葉の葉柄はふつう葉身より短く倒伏傾向のことが多く、胞子葉は4回分岐で環体の細胞数は40以上が多い。

  1. gaudichaudiは裂片が密にならないもので、グアムに分布し鋸歯を持ち、先端の裂片が三角形から細長いvar. gaudichaudiと鋸歯を持たないvar. vulgarisに分けられる。C. gaudichaudi var. vulgarisは東アジアに分布し、日本で見られるヒメミズワラビに相当する。ヒメミズワラビは世界最北端のCeratopterisでもある。よく似たものとして、葉柄が長く最基部の裂片が小さめのC. chuniiが中国南部から知られている。
  2. oblongilobaは裂片が密なものであり、裂片の先はしばしば尖る。東南アジアに分布し、特徴からはアメリカンスプライトやベトナムスプライトと呼ばれているものがこれに相当すると思われる。

ごく最近になって、奇抜なスプライトが新種記載された。Ceratopteris shingiiである。このスプライトはなんと活着し、水中でも陸上でも生育し、ボルビティスのような根茎で岩上を這い回るのである。この驚異的なスプライトは他のスプライトから最も早期に分岐した種であることが明らかとなった。ミズワラビ類の初期進化を探る上で大変興味深い植物である。

さて、問題になるのは「ウォータースプライトは何者か?」ということである。

形質からするとウォータースプライトはヒメミズワラビ Ceratopteris gaudichaudii var. vulgarisに最も似ており、次に似ているのはミズワラビ Ceratopteris thalicoidesである。しかしながらヒメミズワラビとウォータースプライトの栽培下での挙動はあまりにも異なっている。ヒメミズワラビはもっぱらの一年草であって非常に扱いにくい。ミズワラビがウォータースプライトであると信じてきたが、ミズワラビは直立傾向が強くとんでもない大きさに育つため、倒伏傾向が強くアメリカンスプライトよりむしろ小さい印象を受けるウォータースプライトとは異なっているような気がする。南北アメリカのミズワラビ属はほとんど未知であり、その中には「pteridoidesthalicoidesの雑種」やC. richardii、「新大陸のC. thalicoides」といった情報が少なすぎて研究者からしても得体の知れないCeratopterisが複数分布している。私の予想ではウォータースプライトはこれらの怪しい連中の一味なのではないかとみている。ただそれを確かめるにはウォータースプライトが野生に近い条件でどのように育つか(屋外水上でどのくらい巨大化するか)、巨大化した際に葉の形態がどうであるか、そして胞子嚢ひとつあたりの胞子数と環体の細胞数、できれば染色体数をカウントする必要がある。

ここから先はシダ・マニアの方々にお願いするほうが無難な気はするが、ウォータースプライトという"安くて普通な"水草の裏にはとんでもない闇が口を開けているのである。やはり水草は面白い。