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ミカワスブタと呼ばれている植物について

栃木県においてミカワスブタと呼ばれている植物がある。かれこれ見つかってから20年以上そう呼ばれているし、そう呼ぶことに納得がいっているので、私もそれに準じてそう呼んでいる。

分布域ははっきりしていて、その種だけが多産する地帯があり、その周辺部で他の種(スブタやマルミスブタ、ヤナギスブタ)とのオーバーラップがある。私は他の地域でセトヤナギスブタも数か所で確認しているが、かなり形態が異なる(後述)

県内ではヤナギスブタに次いで分布域の広いスブタ類といえ、かなりありふれた種であることから、まだ認識されていないだけで他の地域にもあるのではないかと思われる。

 

 ところでミカワスブタというものの正体がいまいちはっきりしない。

栃木県でミカワスブタらしき植物が発見され、個体数が多く分布域も広いことがわかってから20年がたっているにもかかわらず、ミカワスブタと呼ばれている植物の再記載はいまだに行われておらず、水草展2017ではまだ謎が多い植物として栃木県でミカワスブタと呼ばれている植物がミカワスブタとして展示されているが、現状もさほど変わっていない。栃木県立博物館でもしばしば標本を企画展などの折に展示しているが、そこでもミカワスブタ?ではなくミカワスブタとして扱われている。レッドデータブックとちぎではネット公開されていた分に茎の有無などに関しての記載があったと記憶しているが、2018版ではほぼ原記載の和訳が掲載されている。

ミカワスブタに関してはKoidzumi(1917)が三河にて牧野富太郎によって採集された標本をもとに「無茎で種子が長く突起を欠く」種として、現在スブタもしくはマルミスブタのシノニムとされているB. muricataと並べて記載している。Koidzumiは日本産スブタ属を茎のあるものとないものに分け、後者に入れたことになる。

問題は牧野の標本が現在行方不明であることで、そのためにミカワスブタが何を指していたのかはっきりしないことである。ヤナギスブタであるという意見もあるし、中国でそう呼ばれているものは大型のヤナギスブタのように思えてならない。

栃木県の他にもいくつかの県でミカワスブタと呼ばれている植物があるが(たとえば山口)、それらがどのような植物であるのか、実際に観察したことがないのではっきりとはいえない。

Koidzumi(1917)の記述は種子が細長く突起がないほかはスブタやマルミスブタと変わらないように読み取れ、その後の記述にもそうある。葉幅は4㎜とあり、記述にある葉長とあわせて考えるとセトヤナギスブタより幅広の葉をもつ。またセトヤナギスブタであれば、短いながら茎があると明記されるはずである。

 

ここで問題になるのが、ミカワスブタに茎があるのか論争である。

茎があるといわれたりないと言われたりするし、分布の端では他の種と紛らわしいので、どのくらいの変異幅があるのか気になって6代にわたって累代してのべ数百株を観察し、フィールドでも見かけるたびに茎や種子の形状について確認するようにしている。

栃木県でミカワスブタと呼ばれている植物はふつう無茎である。9割9分が無茎だが、のこり1分は短く、ほとんど分岐しない茎をもつ。

また、茎をもたない植物を採集して水槽内で栽培すると、好適な環境では茎が数センチ伸びる。こうした性質は他のスブタ類ではほとんど見られない(ただし東南アジアのファームから輸入される変な不稔のブリクサはよく似た育ち方をする)ため、かなり特徴的といえるだろう。

しかし要するに、野外で自然に生えている条件ではほとんど茎が出ることはないので、自然界では無茎の植物である。

似たような性質を示すのがクロホシクサで、自然下では無茎だが栽培下ではしばしば茎が伸びる。深い水深では茎が伸びていることもあるため、有茎と記述することもできなくはないし、茎が伸びることはホシクサと見分ける参考にもなる。しかしあれは無茎の植物というべきだろう。ミカワスブタの有茎無茎論争も結局同じことである。基本的に無茎の草が、条件をよくすると伸びる。条件を満たす自然環境もまれにある。

種子に関しても似たことが言える。ミカワスブタと呼ばれている植物の種子はマルミスブタに比べて細長いが、ヤナギスブタほどではない。概形はセトヤナギスブタによく似ている。”Seminibus oblongis laevissimus"と書かれた特徴に合致する。

野外で見かける植物の種子はほぼ平滑だが、累代していくと稀に、種子に小さな突起が出るものが混じる。そうなった個体はセトヤナギスブタと種子ではほとんど区別がつかない。同一個体でも突起がないものとあるものとが出たことすらある。成長が非常に進むと突起のある種子をつける可能性もある。

そもそも、B. aubertiiグループ(閉鎖花をもち基本的に無茎のもの)は種子の形状によってしか現状区別されておらず、すべて同じ種とみなす意見すらある。ヤナギスブタとセトヤナギスブタに関してもまた同様の関係である。

花はスブタ/マルミスブタ型であり、ヤナギスブタ型ではない。花の色は白~ピンクであるがピンクが多い。Koidzumi(1917)の記載ではガクと花弁に関しては記載があり長さは萼片6~10㎜、花弁14㎜とある。これはヤナギスブタやセトヤナギスブタの平均的なサイズの1.5~2倍ほどもあり、マルミスブタやスブタの範疇に入ることから、牧野の採集した植物はスブタ/マルミスブタ型の花であったと思われる。

 

さて、ミカワスブタと呼ばれている植物はセトヤナギスブタと非常に類似している。事実そうした個体は「大型のセトヤナギスブタ」として見逃されている可能性が高いように思う。しかし両者は区別可能である。

セトヤナギスブタはあくまでも「短いが茎をもつ植物」である。「無茎だが伸びる場合がある植物」ではない。花の様子もかなり違う。セトヤナギスブタはヤナギスブタと同様の、よく開いた花をつけるが、ミカワスブタと呼ばれている植物はスブタおよびマルミスブタと同様の、くしゃっとなったような花である(マルミスブタの花としてヒットするサイトの一部は隣で偶々咲いていたヤナギスブタなので注意)。

ミカワスブタと呼ばれている植物の草体は茎がなく葉幅が広いことからスブタやマルミスブタと酷似しており、微妙な雰囲気の違いを除いてはほぼ同様である。セトヤナギスブタに比べると葉幅はかなり太く大型である。

 

以上の観察から若干の例外こそあるが、野外で見かける”ミカワスブタ”の殆どの個体の形質はミカワスブタとして記載されたものに非常に近いか同じといっていいものだろうと納得したうえで栃木県立博物館などの意見に従い栃木県の個体群をそう呼んでいる。

 

ここで日本及び世界の両性花のBlyxaについて一旦まとめてみる。

Blyxa aubertii(広義)・・・両性花で茎は基本的にない(条件によって伸びることはあるが、盛んに分岐することはない)。花は大型で萼片長5~10㎜、花弁長10~15㎜前後、完全に開かず先端部はくっつく。草体は数値化するほどの変異がないが、種子の形状には3タイプがある。

突起の無いもの・・・ミカワスブタ

全体に細かい突起があるが両端には突起がないもの・・・マルミスブタ

全体に細かい突起をもち両端に長い突起をもつもの・・・スブタ

 

Blyxa japonica(広義)・・・両性花で茎がある(短いことはあるが必ずあって大抵分岐する)。花は小型で萼片長2~5㎜、花弁長さ5~10㎜前後、全開する。種子および草体に2タイプある。

茎は細長く、種子は平滑で細長い・・・ヤナギスブタ

茎はふと短く、種子は突起を持ち太短い・・・セトヤナギスブタ

なお、両者をたすきがけする型はない。

 

さて、栃木県ではミカワスブタと呼ばれている植物が非常にありふれているほか、その他のスブタ類も極めて多く生育しているために、稀な変異も加味して判断する必要がある。

そうした場合を考慮した判断基準としては、”ミカワスブタと呼ばれている植物”は茎はあることもないこともあるし、突起もあることもないこともある、葉は幅広で花はスブタ/マルミスブタ型で花弁の先端がくっつく植物、というあいまいな表現しかしがたい。