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アクアリストのための水草講座 第一講 水草ってなんだ?

世の中には様々な水草がありますが,そもそも水草の定義とは何でしょうか.

そもそも「草」といっているわけですから,維管束植物のみを含み,藻類は含みません.コケ植物を含むのか含まないかは微妙なところで,著者により見解が分かれます.田中(2012)では水草の条件として,「一度陸上に進出した植物が再び水中に進出したもの」という点を重視しており,その理由として「水草の生物学的魅力は,その点にこそあると考える」としています.

では,水に漬かっている「元」陸生植物はみんな水草なのでしょうか?

雨上がりにそこら辺の雑草が水たまりに沈んでいるのと,水草の違いとは何でしょうか?

Sculthorpe(1967)は水草を「水底または水中で発芽し,生活環において抽水,沈水,浮葉,浮遊する時期があるもの」というように定義しています.このような定義は広く受け入れられていて,たとえば同様の定義を日本でも生嶋(1972)がしており,角野(2014)もこれに従っています.

この定義のメリットは水中生活に高度に特殊化した植物を全て含むとともに,一時的に冠水した陸生植物を除外できる点にあります.

しかしながら,季節により水位変動の大きい地域では陸で芽生えた植物が水中で長い間生育しているものが多く見当たり,そこに適応した植物も多くいます.野生ではもっぱら水上で生育し,基本的に水中では発芽できないにもかかわらず,水中でも異型葉を展開して長期間生育可能な植物がいます.たとえば,諸々のイヌタデ属などが好例で,アクアリウムで使われる種も多くいます.そもそもアクアリウムでは水上葉を沈めて水中化させるのが常識に近いので,「水中で発芽し…」と限定するのがアクアリスト的にはイマイチしっくりこないというところもあるでしょう.

というわけでもっと緩い定義をみてみましょう.

Cook(1999)は水草を「光合成をおこなう器官が常に,もしくは一年の数週間以上,水中または水面に浮いているもの」としており,大滝(1980)は「水中または水辺に生育し,植物体のすべてまたは大部分が水中にある大型の高等植物」としています.さらに簡略なものとしては,浜島(2002)は「水に漬かって生育している草が水草である」と書いています.

こういう問題にはなかなか答えがありませんが,「水に漬かって”生活”する陸上植物(だったもの)」という点には共通項が見出せそうです.

 

もっと詳しく見てみましょう.

水草とよばれるものの中で,どのような区分があるのかという点に関しては様々な議論がなされてきました.たとえば古典的な例として,Arber (1920)による水草の区分をみてみましょう.

I.土に根を張る植物
A. 陸生だが沈水でも生存可能,しかし水中での異形葉はもたない
B. 陸生のこともあるが水中葉を作ることもある.開花時は水上葉をつくる
C. 水中,浮葉,水上葉を作る
 (1)開花時に水上葉を作る 
 (2)開花時に浮く葉を作る 
D.水上で生育することもあるが基本的に水中で生活史,匍匐茎から水中葉をもち浮葉を伴わない長い茎をもつ,あるいは水中葉をもち,根を出して茂る地下茎を持たないシュートよりなる
 (1)開花時に水上葉を作る 
 (2)水上葉をもたないが水上に花を挙げる 
 (3)花は沈んでいるが必要な部分だけ水面に出る 
 (4)水中で受粉する 
E. ときに水上形をとるが基本的には水中で生育し,線形の葉から簡略化された茎をのばすもの
 (1)花は水上にあるか,草体も水上で生育することもある
 (2)花は水上に出ることもあるが沈んでいることもある
F.全草が水中で生育し,Thallus(根または茎)が基質につく.花は水上 

II.土に根を張らないもの
A.浮葉もしくは浮葉のようなシュートをもち空中に開花する
(1) 根はあるが土に刺さらない 
(2)根を持たない
B.水中で生育する
 (1)根はあるが土に刺さらず,開花時に浮くシュートを作り空中に開花する 
 (2)根がない

            i 水上で開花する 
            ii 水中で開花する 

うわあ,長くて細かい.もうちょっとシンプルな例もみてみましょう.

 

Sculthorpe(1967)は水草を4つに大分しており,これが最もよく使われる水草の生活形分類となっています.抽水植物,浮葉植物,沈水植物,浮遊植物です.

抽水植物 Emergent plant

草体の下部のみが水面上に出る.

水上の葉の構造や機能は陸上植物と変わらず,水が引いても生育できるが冠水耐性には限界がある.嫌気性の泥の中に根を張るため,通気組織が発達している.

・浮葉植物 Floating-leaved plant

水面に葉を浮かせる.

葉の表面にのみクチクラ層をもち,裏面にはない.葉の表面に集中した気孔を通じてガス交換を行い,呼吸や光合成の特性は陸上植物との共通点が多い.

・沈水植物 Submerged plant

葉や茎がすべて水中に生育する.

気孔を欠き表皮細胞が栄養塩やガス交換を直接行うなど,水中に対して様々な適応が見られる.

浮遊植物 Free-floating plant

根を水底に張らず漂流する.

この4大分類ですが,個人的に浮遊植物は蛇足なように感じてしまったりもします.

さて,困ったことに水草の多くがこの生活形による分類を簡単に跨いでしまいます.そのため,抽水「形」,浮葉「形」,沈水「形」のようにあくまでもその草の生活している状況を表す表記として使われることも多いです.

とくに陸上から水中まで広く適応するものに関しては,「両生植物 Amphibious plant」とよぶ場合があります.ホシクサ類,コウガイゼキショウ類,サワトウガラシ,タチモ,カワヂシャ,オオバタネツケバナなどが代表的で,水位上下の激しい池や溶存二酸化炭素の多い湧水環境など環境で特に繁栄しています.一般にアクアリウムで使われる水草は殆どが両生植物に含まれます.

 

水草と陸上植物の異なる点,それは様々な方法で水辺という環境に特殊化しているところにあるといえるでしょう.最も障壁になるのが,空気です.一度陸上に適応してしまった高等植物にとって,水中はあまりにも二酸化炭素が不足しています.そのため,水草では草体全面の広い面積でわずかに溶けた二酸化炭素を吸収したり,重炭酸イオンを利用したり,有機物の分解により土中で発生した二酸化炭素を根でキャッチして葉まで運ぶなど,様々な工夫がみられます.酸素に関しては光合成により生じた酸素を利用しているようです.

では逆に,二酸化炭素さえ十分にあれば水草でなくとも水中で育てることは可能なのでしょうか?試してみると多くの場合,ガラス化(Vitrificationと昔は言ったものの,最近はHyperhydricityと呼ぶことが多い)が生じて成長が止まり,枯れてしまいます.組織培養では広く知られた現象で,原因としては水の過剰,酸欠,光不足,栄養塩の過剰など様々な説が挙げられていますが,定説はありません.水中に植物を沈めただけで生じるということは,水の過剰と酸欠が有力候補でしょうか.これらによって強力な酸化ストレスが発生し,それが気孔の異常,クチクラの欠損,葉緑素の不足などといった症状を引き起こす点に関しては意見が一致しています.もしかすると,水中でガス交換ができるだけでなく,水過剰で酸欠という粗悪条件下に対するストレス耐性があることも水草水草たらしめているかもしれないと思っています.また,こうした症状はときに本来水中で育つはずの水草においても生じ,成長障害として現出します.水中で育たないと思われてきた植物も,何かの工夫をした上でガンガン二酸化炭素を加えればなんとか水中で育てられる可能性だってありそうです.げんに液体培地で培養することが可能な植物なら,いくらでもあるからです.でももしそれでうまくいくのならば…

本当に,水草ってなんだ?

 

引用文献

田中 法生, 2012.異端の植物 「水草」を科学する 315p.ベレ出版.

角野康郎, 2014. ネイチャーガイド 日本の水草.316p. 文一共同出版. 

Sculthorpe, C. D., l967. The biology of aquatic vascular plants. Edwards Arnold (Publ.) Ltd., London.

生嶋 功, 1972.水界植物群落の物質生産I (水生植物).98p. 共立出版

Cook, C.D.K., 1999.Perspect. Plant. Ecol. 2/1:79-102

浜島繁隆, 2002.水草はどんな草?それは今 トンボ新書.

大滝末男, 石戸忠, 1980. 日本水生植物図鑑.318p. 北隆館. 

Arber. A., 1920. Water plants. A study of aquatic angiosperms. 436p. Cambridge University Press, Cambridge.