最初に紹介する狭葉性ヒルムシロ属はイトモである。
イトモほど誤って理解されている水草も多くはない、と言いたいが水草は大抵誤って理解されている。そもそもネーミングセンスが最悪である。イトモは確かに細いが、糸のよう細葉系ヒルムシロ属はミズヒキモ類であってイトモではない。
イトモの特徴は茎の先端に巨大な殖芽をもち、葉が短く、浮葉をもたないことである。殖芽は草体にくらべてアンバランスに大きく、中軸が肥厚して硬い。葉は短く、5㎝を超えることは稀である。ふつう先端はやや鈍頭であって、鋭頭になることはほぼない。ミズヒキモ類と異なり、浮葉を作ることは無い。湿地や貧栄養のため池に分布するが、流れの緩い水路に見られることもある。腐植質で鉄分が多いような環境を好む。
イトモは気にしてみるとかなり特異な細葉系ヒルムシロ属である。なにせ花や果実に特徴らしい特徴があるヒルムシロ属はあまりいないからだ。
同定にあたって重要なポイントは
A. サイズ感
B. 殖芽と生育形
C. 葉
D. 花及び果実
E. 生息環境
である。ここで一部の形質を無視するとツツイトモと見分けがつかなくなったり、イヌイトモと混同したり、その他日本未記録の種を見逃したり、ミズヒキモと紛らわしくなったりする。
A. サイズ感
・幅1㎜、葉長5㎝ほどの小型種(イトモ級)である
イトモ級の狭葉性ヒルムシロ属はイトモ、ツツイトモ、ミズヒキモ類、コバノヒルムシロのほかに数種が極東アジアより知られている。
その中で葉長5㎝ほどなのはイトモ、ツツイトモ、 ミズヒキモ類、コバノヒルムシロもそのサイズ感になりうる。またツツヤナギモとツツミズヒキモもそのサイズ感である。
よってサイズ感は参考になるがあまりあてにならない。
なおイヌイトモは名前こそイトモとついているがヤナギモ並みに太い。
参考レベルC
あたりをつけるには有効だが決定打にはならない
B. 殖芽と生育形
・殖芽はやや大型で2㎝ほど、側方に2~3対の葉がつき、中軸の葉は特殊化して肥厚し硬い
側方に数対の葉をつけた大型の殖芽を付ける狭葉性ヒルムシロ属はイトモ、 不明雑種、アイノコイトモ、イヌイトモ、エゾヤナギモなどである。
その中でアイノコイトモとイヌイトモは殖芽葉が特殊化せず柔らかい。
のこりの不明雑種、エゾヤナギモ、その他海外の近似種は殖芽葉は葉の形態を保ったまま硬くなっており、イトモのようにあたかも棒になっているわけではない。海外の近似種のなかには棒状になるものもあるようだが、イトモのように硬いわけではないようである。したがって、殖芽だけで同定を確定可能であろう。
参考レベルA
典型的であれば確定可能
・殖芽から生えて上行し、殖芽は茎の先端に多数つく。ランナーはしばしばないこともある
イトモは前年度の草体は秋には枯死し、殖芽のみになる。殖芽をつける性質が非常に強い。
このような性質を持つものは東アジアではエゾヤナギモ、イヌイトモほか数種の日本では未知の種である。ランナーの有無は必ずしも同定に直結しない。但し、よほど北方にいない限り紛らわしい種は出てこないとも考えられ、このような性質を持つものはほぼイトモだろう。
参考レベルB
日本の大部分の地域で確定可能
C. 葉と茎
・托葉はしばしばよく発達し1枚。筒状にならない
ツツイトモ、ツツミズヒキモ、ツツヤナギモは基部が筒状になる。その他の大部分の種はイトモと托葉だけでは区別できない。なお海外の近似種には托葉が二裂したり、ツツイトモではないが基部が筒状になるものもいるが、日本からは今のところ報告がない。
参考レベルC
あたりをつけるには有効だが決定打にはならない
・葉はふつう濃緑色
意外に特異であるが、参考程度。ツツイトモおよびその雑種や近似種たちはたいてい色が薄いか茶色。慣れてくるとツツイトモ、ミズヒキモ類、イトモ、ツツミズヒキモなどが混生していても群落の色でイトモだけは見当がつくことがある。
参考レベルC
あたりをつけるには有効だが決定打にはならない
・葉の先端は基本的にやや鈍頭で先端のみ尖る
イトモ、ツツイトモなどで共通。またミズヒキモ類もそう見える場合があり困る。
参考レベルC
あたりをつけるには有効だが決定打にはならない
・茎の断面は基本的に円形
そうでない個体もいるし他の種でそのようになる場合もあるが、他の類似種はツツイトモ以外ふつう茎は扁平か楕円形。
参考レベルC
あたりをつけるには有効だが決定打にはならない
D. 花及び果実
・花は一塊になってつき、結実率が良好
意外にこのような性質をもつものは少ない。ほぼ確定だがイヌイトモなど紛らわしいものもある。
参考レベルB
日本の大部分の地域で確定可能
・痩果はうっすらと3稜があり、背側は丸まってひれ状ないしカリナにならない
イトモとツツイトモに共通する。痩果でみるとイトモとツツイトモはほとんど区別できず、混同の原因と思われる。
参考レベルB
かなり絞り込める
E. 生息環境
・腐植が豊富な非常に流れの緩い場所に生育
日本においてそのような場所に生育する狭葉性ヒルムシロ属はイトモとホソバミズヒキモ、コバノヒルムシロなど種数が限られるように感じるが、ツツイトモやミズヒキモ類と混生していた場合も稀ながらあるため参考程度である。
川に生えているものはほぼ確実にイトモではないと思うが例外もあるにはある。
参考レベルC
あたりをつけるには有効だが決定打にはならない
栽培について
春生えて殖芽のたくわえで一気に成長し、夏から秋には殖芽で寝るというサイクルの植物であり、水槽内で長期栽培するのは困難である。(長期栽培できてしまっている株はイトモではないのではないかという疑念が生じる)
ただし小規模な水域に生育する植物であるためか、それとも自生地の条件が水鉢に近いためか、屋外で栽培するのは他のヒルムシロ属に比べてやりやすい印象がある。
少なくともアクアリウムプラントとしてはかなり無理があるだろう。
このようにイトモはとてもわかりやすい狭葉性ヒルムシロ属である。決定打になる殖芽は採集してバケツにしばらく放り込んでおくと先端部にたくさん作るので、同定には現場および当日のさく葉作成に加えて、養生期間が必要なのではないかと思う。
また生育条件がほかの狭葉性ヒルムシロ属にくらべ特殊なので、それから外れるようなところでイトモを見た場合、疑ってかかってみるのもありかもしれない。