水草オタクの水草がたり.

水草を探して調べるブログです.素人ながら頑張ります.

オテリア フランシスカおよびオテリア コリンガの正体

アクアリストの間で“オテリア フランシスカ”として紹介された水草がある。

久しぶりにブラジル中央高地に採集に行く。 | Aquarium Pescador

先が尖った心臓形の水中葉をもち、強光のもとでは赤みを帯びる、エキノドルス似の沈水葉をもつ植物である。ブラジル中央高地、サンフランシスコ川流域などから何回も採集されており、赤い沈水葉を主に持つ謎の植物として紹介されるも、日本で定着したものはついになかった。同じ便できた本物のオテリアであるサンフランシスコ産のOttelia brasiliensisは定着したようであるから、よほど栽培が難しかったのだろう。葉の質感が異なるがよく似た植物として、サンパウロ近郊産で葉がより丸みを帯びる”オテリア・コリンガ”も輸入されたが、これも恐らく定着しなかった。

オテリアとエキノドルス 2014年8月4日 | Aquarium Pescador

こんなリブルス(卵生めだか)も採れます。3月27日記述 | Aquarium Pescador

自生地の写真ではエレオカリスと思われる沈水性カヤツリグサ科とともに砂交じりの泥底に沈水状態で生育しており、明らかにサジタリアの花を咲かせている。

南米の水草 いろいろ | Aquarium Pescador

花序は直立せず斜めに出て下垂する。花弁の内側に赤紫色のスポットがある点でタイリンオモダカ Sagittaria montevidensisと酷似しており、花序の概形もタイリンオモダカに似ている。丸い水中葉をもつとされるサジタリアとして浮かぶのはSagittaria rhombifoliaであるが、S. rhombifoliaの苞はより大型であり、太短い花柄をもつ雌花と細長い柄をもつ雌花は分化しており紛らわしいようなことは無い。また、通例では花弁のスポットは黄色のことが多い(赤褐色のこともあるそうだが)。そもそも写真が微妙なので判断しがたいのだが、これは雌花なのか雄花なのか判断に悩むような花である。少なくとも現地写真を見る限りでは、花序はS. montevidensisに似ているもののS. rhombifolia的な沈水葉をもつ謎の植物である。しかも、いつでも抽水型になれる環境にもかかわらず沈水で居座っている。少なくともアクセプトされている学名にこんなものは存在しない。困った。

しかし、そんな時こそRatajの文献を探るべきだろうとひらめいたとき、答えが目の前に現れた。Sagittaria pseudohermaphroditicaである。この学名は現在S. rhombifoliaのシノニムとされているが、Rataj (1978)のAlismataceae of BrazilにはS. rhombifoliaとは別個に扱われている。

以下Rataj (1978)より引用。

Sagittaria pseudohermaphroditica Rataj

Annol . Zool . Bot. Bratislava, 78:15, 1972

Perrenial, usually submerged. On the rhizome 10-20 leaves, 〔8〕-14-〔18〕㎝ long, by the submerged plants always differentiated into petiole and blade. Blades lanceolate or ovate, usually typically cordate, 5-8.5cm long and 2-5cm wide, acute on the tip, abrupt or usually lobate at the base. Scape erect or reflexed, 8-15cm ling. Inflorescence with 2-5 whorls, all flowers white-yellow, pseudobisexual. In the lower whorl 1-2-〔3〕functional stamens, the other flowers pseudobisexual, with usually 9 stamens and several abortive, not fertile pistils. Filaments glabrous. Aggregate fruit covered by sepals, 1.5-2cm diameter, achenes 4-5mm long and 2-2.5mm wide, not wrinkled with distinct, 1-2 lateral and 1 dorsal ribs.

Holotype: Brazil, Bahia West, Rio Femmeas, Sümpfe am Fluss, 1913. Lutzelburg 511. Holotype(M); Sümpfe am rio Femmeas. 1913, Lutzelburg 559(M); Sümpfe bei St. Desideratio, 1913, Lutzelburg 680(M); São Paulo: 2-10-1898, Hemmendorf 146〔S〕; Municipio de Moji-Guacu, Fazenda Campininha, 4km NW of Padua Sales, 575-625m., 22°11 ' -18 ' S , 47°7 , -10 ' W , about 27 km NW of city of Moji-Mirim, open marsh, a dense growth of tall grasses and sedge with scattered herbs, 17-12-1959, Eiten 1639〔NY〕.

Ratajの図にある花序の概形はS. rhombifoliaのものに最もよく似ているが、やはり苞が短めで雌花の花柄が長いように見える。沈水性を主とすること、葉の概形などはまさに“フランシスカ”や“コリンガ”そのものであり、サンパウロやバイアといった分布は採集状況とも合致する。また、Matias & Nasciento(2017) Flora do Rio de Janeiro; Alismataceae Fig-4にも抽水形ながらよく似た植物がみられる。これも花弁の中央に赤褐色の斑点があり、一見したところ両性花に見え、抽水葉の葉柄が短く葉身は幅広、基部は心臓形で先端は尖る。Matias & Irgang, (2006)によればブラジル北東部のS. rhombifoliaは花茎が直立し抽水葉は披針形、沈水葉は基部が心臓形としている。しかしいっぽうで一般に本種の沈水葉は披針形とされること、ブラジル南部の個体は花茎が下垂し抽水葉の基部は心臓形のようであるとしており、葉に多様性が大きいことを指摘している。S. rhombifoliaは少なくとも外野から見る分にはかなり混沌としているようであり、今後の整理が要される。S. pseudohermaphroditicaが将来的に復活する可能性もあるかもしれない。

Rataj, K. (1978). Alismataceae of Brazil. Acta Amazonica, 8, 5-53.

Matias, L. Q., & Irgang, B. E. (2006). Taxonomy and distribution of Sagittaria (Alismataceae) in north-eastern Brazil. Aquatic Botany, 84(3), 183-190.

Canalli, Y. M., & Bove C. P. (2017) Flora do Rio de Janeiro: Alismataceae Rodriguésia 68(1): 017-028.