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熱帯アジアに分布するホシザキスイレン Nymphaea nouchaliについて

ニムファエア ノウカリ Nymphaea nouchaliは、世界の熱帯域に分布するBrachyceras亜属のスイレンであり、園芸において「昼咲きの熱帯スイレン」は全て本種の血をいくらか引くもの・・・と言っても過言ではない。

しかしながら、N. nouchaliには深刻な分類的混乱があり、また倍数性が極めて複雑であることも問題を難しくしている。

 

園芸に用いられる「熱帯スイレン」はおもにNymphaea capensisと呼ばれていた、アフリカ南部に分布する花弁数が多く花弁があまり尖らない系統をもとに改良されているものが多い。この種は現在、東アフリカから南アフリカにかけて広く分布するニムファエア ノウカリ ザンジバリエンシス Nymphaea nouchali zanzibariensisとされている。但し、N. n. zanzibariensisには様々な見た目の個体がいるので一概にまとめることは難しい。ザンジバリエンシスは花上がりがよく花がとても大きく花弁数も多いので、園芸に好まれるのも当然といったところである。

N. n. zanzibariensisには特殊なものとして、"N. colorata"と呼ばれていたものがある。”N. colorata"は球根の周囲に多数の小球根をつけるため殖やしやすく、花も雄蕊が赤く色づき時計草を思わせるような風合いがあるため人気も高い。オリジナルのコロラータおよび、タイに帰化した系統を親とするホワイトコロラータが流通している。

N. n. zanzibariensisと並んで改良によく使われているのが北東アフリカを中心に分布するN. caeruleaと呼ばれてきた、N. n. caeruleaである。エジプトでは長く珍重されてきた植物ということもあり、栽培されることも多いが葉の大きさに対して花が小さい問題もある。花弁はよく尖り、東南アジアの個体群の一部によく似ている。

N. nouchaliの近縁種としては、西アフリカ産で葉の中心にムカゴをつけるN. micrantha、北米南部~中米に分布し花を非常に高く上げるN. amplaなども園芸品種の原種として用いられている。また、アクアリウムではマダガスカルN. dimorphaがよく用いられている。

 

さて、華々しく、また様々な改良品種が作出されているアフリカや新世界のNymphaea nouchaliに対して、アジアのNymphaea nouchaliに関して述べられることはひじょうに少ないように感じてならない。

そもそも、”N. nouchali"という呼称自体が混沌を極めている。

まず、オセアニアを除く旧世界の熱帯域に生育する野生スイレンN. pubescensおよびN. rubraの、「夜咲きで大型の種」であるlotos亜属と、昼咲きのBrachyceras亜属の2系統しかない。オセアニアにはAnecphya亜属がいる。

この中でN. nouchaliという名称は長らく、lotos亜属のN. pubescensのシノニムとして扱われており、かわりにN. stellataが現在のN. nouchaliに相当する種の名称として用いられてきた。なお、アクアリウムで”N. stellata"として扱われる植物はN. rubraもしくはN. pubescensないし両者の雑種(?)であることも混沌を深めている。

さて、東南アジアには花の色がピンク、青、白の3色の野生スイレンがいて、花の大きさにも大小がある。それらをどう分類するかは混沌を極めてきた。

 

Hooker(1875)、Hooker &Thomson (1855)

N. stellata var. cyanea (中程度の大きさの青花)

N. stellata var. parviflora (小さい青花*N. stellataの基変種を含むのでN. stellata var. stellataと呼ばれるべき)

N. stellata var. versicolour (大花で白、青、紫、肌色)

 

Conard (1905)

N. stellata var. cyanea (中程度の大きさの青花、若干香りがあるもしくはない)

N. stellata var. versicolour (中程度の大きさのピンク花)

N. stellata var. stellata(白花が出現するのはこの種のみ)

 

Landon et al. (2006)

N. minutaは粗い鋸歯状の葉縁、少ない花弁数である点でN. stellataに似る(N. nouchaliではない、我々の意見ではこれは異なる種である)

 

Chomchalow and Chansilpa (2007)

(タイの個体群に関して)

N. nouchali var. cyanea (`Bua Khap` 青花)

N. nouchali var. versicolour (`Bua Phan‘および‘Bua Phuean` ともに青みを帯びた白色ないし薄青)

 

Ansali and Jeeja (2009)

(インドの個体群に関して)

N. nouchali var. nouchali=N. nouchali var. cyanea (花は~7㎝、薄青もしくはピンクもしくは白、芳香なし、花弁数12~20、長披針形から楕円形、2~3×0.5~1㎝、鋭頭)

N. nouchali var. versicolour (花は~12㎝、白もしくは薄ピンクを帯び、わずかに芳香あり、花弁数20~30、楕円形、尖形、3.0~4.5㎝×1.0~1.4㎝)

N. malabarica(インド固有、白花)

 

Guruge et al. (2017)

スリランカの個体群に関して)

N. nouchali var. nouchali (葉裏は紫~濃い青紫、葉柄は薄緑、花は青、直径4.5~9.6㎝、花弁数8~24、鋭頭、2.4~7.8×0.3~3㎝、6~25心皮)

N. nouchali var. versicolour (葉裏は赤茶色、葉柄は赤みを帯びた緑、花は白もしくはピンク、直径5~12㎝、花弁数8~28、やや鈍頭、鋭頭のことは稀、2.0~6.5×0.5~2.2㎝、7~22心皮)

 

さて、上記の頭の痛くなる記述をみてから写真を見比べてみると…

たしかに東南アジアの野生スイレンには2種かそれ以上がいる。

所謂「星咲き」を連想させるような、花が大きく花弁の先が鋭く尖ったように見える(実際には先は鈍いようだが…)方がN. nouchali var. versicolourで、それに比べると取り上げられることの少ない、花が小さく花弁数がやけに少なく、花弁の先はあまり尖らない(様に見えるがよく見ると尖っている)青花の個体群がN. nouchali var. nouchali・・・ということのようだ。

ピンクの個体群の所属はGuruge et al. (2017)では白花と同じクレードに入り、また葉の特徴からしてもそれを示唆するようなのでこれに従うこととするが、花弁の先があまり尖らず、花弁数が少なく、青というかピンクというか微妙な個体の写真もあって、ややグレーゾーンかもしれないとも思っている。

 

花弁の色はひとまず、あまりあてにならないのではないだろうか。げんに、タイの‘Bua Phuen`を青か白かと議論するのはなかなかに無謀という気がする。となれば、花の色はひとまず無視して葉の概形や葉裏の色で議論するなり、花弁の数や形状で議論したほうがよいように思う(あくまで私の感想だと、nouchali var. nouchaliのほうが卵円形、nouchali var. versicolorは中央付近で急にテーパーがかかり、また先端ですぼまるように見えるが…)。

ひとまず両者は別の植物であるように概形からは見える。また、分布域の広域にわたって同所的に生育するので将来的には別々の種として考えられるべきではないだろうか…とまで、私には思えてならない。(そう簡単に分けられないことも承知の上で。)

 

さて、東南アジアのNymphaeaはlotos亜属とBachyceras亜属しかない、と書いたが、”N. siamensis"(‘Jongkolnee`)がタイから記載されている。しかしこの個体は八重咲であって両者のどちらにも分類できない・・・とある。草体の形質からするに、Brachyceras亜属をもととした園芸品種である可能性が極めて高いと思われる。ただ、Brachyceras亜属のどの種をもとにしたのかは不明である。この種はタイに野生(野生化?)して生育していたもので、きわめて古くから育てられてきたものではないかと推測されている。

N. siamensisの特徴として、塊茎の周囲に無数の小塊茎をつけ、これで盛んに無性生殖することがあげられる。この形質は園芸種ではコロラータくらいでしか聞いたことがないが、コロラータとの直接の関係性を著者らのチームは否定しているようだ。

また、興味深いことに、タイ東部のラオス国境付近から青花および白花(白花だが花弁数は少なく花弁はふと短い)のN. nouchali var. cyanea(=nouchali var. nouchali)らしき植物(‘Bua Bae Muang`および‘Bua Bae Kao`)が確認されており、これらは稔性を持ちかつN. siamensisやコロラータのように多数の小塊茎で増殖する。

さらに、ミャンマーからも同様に小球根をつけて増殖する、‘Bua Bae Muang`に酷似した植物が輸入されてきたため、小球根で盛んに栄養増殖するタイプのNymphaea nouchali var. nouchaliがおそらくミャンマー、タイ、ラオスカンボジアに渡ってインドシナの広域に分布している可能性がでてきた。

これが自然な種なのか、はたまた人為的なかつての園芸植物の遺残なのかはよくわからないが、あまりに地味な花なので園芸品種というのは考え難いように思う。特定の増殖に有利な系統がメコン川の氾濫に乗じて拡散したのであろうか。

そう考えると、‘Jongkolnee`もこうした野生の栽培化しやすい系統をもとに、外来の品種群が入る前からタイ付近において改良されてきたのではないか?という気はする。

 

正直言って東南アジアのホシザキスイレンには謎しかない。ごく一般的な水田雑草であり食材であり観賞植物でもあるにもかかわらず、わかっていることの方が少ないといっても過言ではないのではないだろうか?

 

上述したように、東南アジアのホシザキスイレン Nymphaea nouchaliは想像以上に多様な形質の個体を含んでいる可能性がある。

しかしながら、GBIFで検索してみたりするとわかるように、N. nouchaliの変種に様々なアフリカのスイレンを含んだり、北米のスイレンと混同されるなどしたために園芸品種によるミーム汚染がはなはだしい。

情報汚染だけでなく、帰化や交雑による混乱も始まっている。N. micranthaを片親に持つドウベンはいまや東南アジア各地で侵略的外来種と化し、コロラータはタイで野生化し、他の園芸スイレンもあちこちで帰化していると思われる。スリランカでは外来のN. nouchali近似種の帰化および交雑が深刻化しており、またN. nouchaliと混同される問題も発生している(D. Yakandawala and K. Yakandawala, 2011; K. Yakadawala et al., 2017)

上述したような多様性を楽しめるのは、いつまでだろうか。謎が謎のまま滅んでいってしまわないことを切に願うばかりであるが、そうなる未来はもうすぐそこまできている。

今後の課題としてぱっと思い浮かぶことを列挙してみる。

1.スリランカに2種あることは明らかだが、他の地域でも本当に2種なのか?さらにいえば、熱帯アジア全域に分布するN. n. nouchaliおよびN. n. versicolour、それぞれの地域変異を踏まえた上での両者の区別点はどこにあるのか?スリランカにおける形態的差異だけで語るのにはまだ不足があるとしか思えない。

2.熱帯アジア全域にわたって2種のホシザキスイレンが同じ地域に分布しているようだが、両者のすみわけや生殖隔離があると考えないと不自然である。両者を形態的および遺伝子的な観点から分類したうえで、ニッチの相違や染色体数、また受粉能の相違を比較すべきであり、それを踏まえたうえで別種とすべきではないか。

3.熱帯アジアのN. n. versicolourは一見したところN. n. caeruleaに、N. n. nouchaliN. dimorphaに著しくよく似ている。そして、Nymphaea subg. Brachycerasの系統解析において、なぜかアジアのサンプルがあまり用いられていない。少なくともスリランカにおいては2種あることが分かった以上、両種を組み込んだうえで系統解析し、Brachyceras亜属の分類を一から練り直す必要があるのではないだろうか?特にマダガスカルからは花の小さいNymphaeaが知られてきた経緯がある。インド洋をまたいで遺伝的交流があったとしてもおかしくないように思う。

4.そもそも、世界のNymphaea subg. Brachycerasの形態的識別点が十分に整理されておらず、結局Conard(1905)を参照することになる…ように思っているのだが、もうそろそろアップデートが必要ではないだろうか。

5.人為交配による改良品種の作出がカオスの域に達しようとしている。しかし、原種の特徴がはっきりしないために混沌を極めるばかりで、何を目安に見ればいいのかわからない。それぞれの原種において、”座標軸”になるような典型的な個体の全草および葉面、葉裏、花写真、花弁数、雄蕊数、心皮数、根茎の概形および子株の出方などが記録され、データベース化される必要があるのではないか。それに付随して、きちんとした原種の系統保全が急務になると思われる。

 

Guruge, S., Yakandawala, D., & Yakandawala, K. (2017). A taxonomic synopsis of Nymphaea nouchali Burm. f. and infraspecific taxa. Journal of the National Science Foundation of Sri Lanka 45 (3) 307-318.

Hooker, J. D. (1875). Flora of British India, volume 1, pp.113-116. L. Reeve and Co., 5, Henrietta street, Covent Garden, London.

Hooker J. D. and Thomson T. (1855). Flora Indica: being a Systematic account of  the Plants of British India, Together with Observations on the Structure and Affinities of their National Orders and Genera, volume 1, pp. 243-244. W. Pamplin, London, UK. 

Conard H. S. (1905). The Waterlilies: a Monograph of the Genus Nymphaea Carnegie Institute of Science, Washington DC, USA.  

Landon, K. C., Edwards, R. A., & Nozaic, I. P. (2005). A New Species of Waterlily, Nymphaea sp., from Madagascar. Water Garden Journal20(4).

Chomchalow N. and Chansilpa N.N. (2007). The role of `Suthasinobon` Waterlily complex in introgressive hybridization, AU Journal of Technology. 11(02): 67-76.

Ansari R. and Jeeja G. (2009). Waterlilies in India:Taxonomy and Cultivation of the Genus Nymphaea L.
(Nymphaeaceae), p. 88. Indian Association for Angiosperm Taxonomy, India

Puripunyavanich, V., La-ongsri, W., Boonsirichai, K., & Chukiatman, P. (2013, July). Nymphaea siamensis, the new species of waterlily in Thailand. In VI International Symposium on the Taxonomy of Cultivated Plants 1035 (pp. 87-98).

Yakandawala, D., & Yakandawala, K. (2011). Hybridization between native and invasive alien plants: an overlooked threat to the biodiversity of Sri Lanka. Ceylon Journal of Science (Biological Sciences)40(1).

Yakandawala, D. M. D., Kumudumali, D. P. G. S., & Yakandawala, K. (2017). Evidence for interspecific hybridization between exotic ‘Dam manel’(Nymphaea× erangae) and native ‘Nil manel’(Nymphaea nouchali Burm. f.) in Sri Lanka. Ceylon Journal of Science46(3), 81-91.