ごく簡易ながら、原種温帯スイレンに関してのメモを書いておこうと思う。
温帯スイレンはNymphaea亜属及びその交配種を指す
温帯スイレンはほぼすべて、Nymphaea subgenus Nymphaeaに属する。
この亜属に属するのはヒツジグサやN. albaなどが有名である。
Conard(1905)によれば、この亜属は以下によって特徴づけられる。
・昼咲きで通例水面で咲くこと
・ガクの脈が目立たないこと
・雄蕊が花弁と直列に並び、外側に行くにしたがって花弁の長さに近づき、最中央部の雄蕊は細い花糸を伴うこと
・花柱は線形で、多少なりとも舌状となること
・葉の縁は全縁もしくは波打つが、鋭い鋸歯になることはないこと
・根茎は乾燥に耐えられないが、寒冷条件で休眠すること
・根茎、葉柄の付け根および花茎の付け根を除いて無毛であること
・種子の表面は平滑であること
これらを満たすようであれば、ひとまずそのスイレンはNymphaea亜属といえるだろう。温帯スイレンにはきわめて多くの品種があるが、その殆どすべてが含まれる。
なお、一部Brachyceras亜属との亜属間交配種もなくもないが、そうしたものは現状では普及していない。
形態的には、Nymphaea亜属は大きく3つに分けられる。
sect. Nymphaea (=sect. Eucastalia)
Nymphaea alba
主にヨーロッパに分布する根茎形成性のスイレン。
Nymphaea odorata
北米に分布する根茎形成性のスイレン。
但しそれらと他の節の種との雑種起源であるN. odorata tuberosa, N. candidaなどをふつう含める。
花は白色、ときに桃色から紅色。早朝に開花し正午から午後半ばに閉じる。最も内側の雄蕊が最初に裂開する。花粉は針状ないし突起をもつ。種子は中型。葉は全縁で円形に近く、単色。主な通気洞は花茎で4、葉柄で4.葉および花茎に双極性の異型細胞が多く見られる。根茎は横に長く伸び、分岐する。おもに北半球の温帯に分布し、南限はアルジェリア、カシミール、ガイアナ。
sect. Xanthantha
N. mexicana
北米南部に分布する根茎形成性・ランナー増殖性のスイレン。
*N. niloticaもそうと言われているが、どうも分布的にも形態的にも園芸品種の逸出が怪しいように思えてならない。
花は黄色であり、正午に開き午後おそくに閉じる。もっとも外側の雄蕊が最初に裂開する。花粉は平滑で、種子はひじょうに大型である。葉縁は波状であり、多少なりとも赤褐色の斑紋が入る。主な通気洞は花茎で4、葉柄で2.葉柄および花茎の異型細胞は星状のもののみ。根茎は短く直立し、夏場は多数の長い匍匐枝をのばして増殖する。冬になると地面に向けて屈曲する匍匐枝を伸ばし、短い根と芽からなる殖芽様の構造を作り越冬する。フロリダ、テキサス南部、メキシコに分布。
sect. Chamaenymphaea
→当該ブログ記事も参照。
ヒツジグサ節 Nymphaea sect. chamaenymphaeaについての、簡単なメモ - 水草オタクの水草がたり.
Nymphaea tetragona
エゾベニヒツジグサとその類縁。
Nymphaea leibergii
北米版ヒツジグサのようなもの。
Nymphaea pygmaea
日本及び東アジアのヒツジグサ。
花は白色もしくは稀に桃色で、正午近くに開き午後遅くに閉じる。最も内側の雄蕊が最初に裂開する。花粉は針状ないし突起をもつ。種子は中型。葉は全縁で卵形から円形。主な通気洞は花茎で4、葉柄で2.葉柄および花茎の異型細胞は星状のもののみ。根茎は直立して短く、子株を付けることはない。種子増殖のみを行う。北半球の亜寒帯から温帯に分布。
尚、節間雑種起源で稔性をもつようになった種もある。
Nymphaea candida
N. tetragonaとN. albaの交雑種が稔性をもつようになったもの
Nymphaea odorata ssp. tuberosa
N. odorataとN. mexicanaの交雑種が稔性をもつようになったもの
Nymphaea loriana
N. tetragonaとN. odorataの交雑種が稔性をもつようになったもの
但し、分子系統的な位置はこの3亜属を必ずしも支持するとは限らない。
Borschら(2007)の解析ではN. mexicana+残り、となっている。Dkharら(2012)では(mexicana+(odora+candida))と(alba+tetragona)となっている。Sunら(2021)では(mexicana+odorata)+((alba ver. rubra+alba)+ tetragona)となっている。
このように直感と合わないデータが出ているのは北米に分布するN. odorataに2亜種あり、そのうちのN. odorata ssp. tuberosa はN. mexicanaとの交雑由来である(Woods, 2005)ことや、N. candidaがN. albaとN. tetragonaの交雑により少なくとも2回生じたと考えられる(Volkovaら、2010)ことが原因と思われる。
Nymphaea亜属に限らずスイレン属はきわめて多様な染色体数の個体がいることが知られており, 複雑な倍数化と交雑を繰り返してきたものと思われる。(Gupta, 1980など)また、世界的に園芸スイレンの逸出が深刻であることから、サンプル自体の汚染も無視できないだろう。
Conard, H. S. (1905). The waterlilies: a monograph of the genus Nymphaea (Vol. 4). Carnegie institution of Washington.
Borsch, T., Hilu, K. W., Wiersema, J. H., Löhne, C., Barthlott, W., & Wilde, V. (2007). Phylogeny of Nymphaea (Nymphaeaceae): evidence from substitutions and microstructural changes in the chloroplast trnT-trnF region. International Journal of Plant Sciences, 168(5), 639-671.
Dkhar, J., Kumaria, S., Rao, S. R., & Tandon, P. (2012). Sequence characteristics and phylogenetic implications of the nrDNA internal transcribed spacers (ITS) in the genus Nymphaea with focus on some Indian representatives. Plant Systematics and Evolution, 298, 93-108.
Sun, C., Chen, F., Teng, N., Xu, Y., & Dai, Z. (2021). Comparative analysis of the complete chloroplast genome of seven Nymphaea species. Aquatic Botany, 170, 103353.
Kristi, W., & Thomas, B. (2005). Pattern of Variation and Systematics of Nymphaea odorata: I. Evidence from Morphology and Inter-Simple Sequence Repeats (ISSRs).
Volkova, P. A., Trávníček, P., & Brochmann, C. (2010). Evolutionary dynamics across discontinuous freshwater systems: Rapid expansions and repeated allopolyploid origins in the Palearctic white water–lilies (Nymphaea). Taxon, 59(2), 483-494.
Gupta, P. P. (1980). Cytogenetics of aquatic ornamentals. VI. Evolutionary trends and relationships in the genus Nymphaea. Cytologia, 45(1/2), 307-314.
Wiersema, J. H. (1996). Nymphaea tetragona and Nymphaea leibergii (Nymphaeaceae): two species of diminutive water-lilies in North America. Brittonia, 48, 520-531.
Robson, D. B., Wiersema, J. H., Hellquist, C. B., & Borsch, T. (2016). Distribution and ecology of a New Species of Water-lily, Nymphaea loriana (Nymphaeaceae), in Western Canada. The Canadian Field-Naturalist, 130(1), 25-31.