水草育成には「弱酸性の軟水が良い」と言われてきたことについて、さらに根拠を求めようとしてみる。前回の水草と硬度に関する考察ではわりと良い反応をいただけたので、嬉しいところである。が、前回の記事では極めて重要な点について敢えて書かなかった。それは硬度や水質と化学というよりも肥料と生物学の問題であるし、それだけで非常に長々と考えられるからである。
今回も水草栽培を経験則と模倣から脱却し、少なくとも現状水草水槽を取り巻く水質と土壌に関しての知見に説明をつけようと思う。
この記事群はあくまでも、水草栽培を理解しようと試みた素人の感想であり、私の意見が正しいことは保証できないことを、最初に断っておく。
introduction アンブリアの謎
最寄りのアクアショップより水田の方がずっと身近な環境に育った私にとって、最も身近な水草はショップの水槽の"飼い慣らされた"草ではなく、良い意味でも悪い意味でも野生の水草だった。
さてそんな私が日本の美しい水草と言って第一にあげたいのが、キクモである。全国どの都道府県でも探せば見られるし、キクモ自体に希少価値はほとんどない。しかし草の価値とはそういうものではない。野外で見るキクモほど美しいものはない。
このキクモという草だが、それはそれは見事な沈水葉をつくることができるにもかかわらず、野外で水中葉を見ることはそこまで多くない。
さらに、奇妙なことに、その水中葉は水田の排水路に多く、給水路で見かけることは少ない。同様のことはミズオオバコにもいえる。給水路にもエビモやササバモ、アイノコイトモ、ミズヒキモ類、ミズハコベなどと言った水草が豊富で、排水路ではそれらとキクモがまじって出てくるところも多い。つまり、そこまで給水路がキクモにとって不快な環境なのはなぜか?ということが不思議に思えてならなかった。
キクモはじめアンブリアの類は肥料食いのことで知られる。少数の魚に餌をやって、アマゾニアに水道水をまれに換水する程度の管理ではCO2がなくてもわんさか増えて増えて困るほどなので、まぁ肥料の多いソイルさえ使っておけば簡単な草だという認識であった。
その後、CO2効率を上げるためにpH下げたり、RO使ったりして、肥料は園芸用を使うようになったが、そこまでキクモに難しさを感じることはなかった。(敢えてやらなかったというのもある)
しかし世間を見渡してみれば、この類を育てられない人がきわめて多いことに気づいた。棒状になって、開花して枯れてしまう。ここしばらく流行りの尿素添加や苦土石灰添加をやっている人でも、起きる人には起きている。
これはなんなのか?
同様の事態を起こした例は思い返してみればいくつかあった。
換水を繰り返して硬度が上がった水槽に入れた時。わざわざキクモを育てることにそこまでの必要性も緊急性も感じていなかったし、まぁこの環境じゃダメになるか、といった感想だった。そして、同居していた水草に肥料を食い尽くされた時。これはわりとよくある。肥料さえやれば良い。
奇妙なことに、肥料を食い尽くされた時と硬度が高いときの成長障害が似ていることに気づいた。そして、水田から流れる水の方を好む理由と繋がった。
つまり、硬度が高いことは「とある肥料分」の枯渇を招いているのではないだろうか?
そして、それは植物生理的にすんなり理解できるものであることにもすぐ気づいた。
I リン酸の吸収
リン酸は植物の三大栄養素である。しかしながらアクアリウムにおいてはリン酸はまるで敵であるかのように扱われ、リン酸吸着だのなんだのとリン酸を減らす資材ばかりが市販されている。たしかに、水中のリン酸塩濃度増加は富栄養化の原因であり、しいては水草の爆発的増殖、その後に藻類にシフトして水草相が壊滅することが一般に言われる。
リン酸は植物の三大栄養素の中で、もっとも利用率が少ないことが知られている。なぜなら、土壌中のカルシウムやマグネシウム、鉄と結合して沈殿してしまうからである。
さて、こうなったリン酸は吸収されにくい。肥料学の常識である。
しかし陸生植物はこうしたリン酸欠乏に対し、根酸を分泌することにより対応している。根酸はリンゴ酸などのさまざまな有機酸の総称で、根から分泌され、リン酸カルシウムやリン酸鉄からカルシウムや鉄を奪い、根の周りだけ"裸の"リン酸を作ることによって吸収する。根酸はマグアンプKを吸収するイメージが強いけれども、リン酸吸収に効くのが最大の働きのようだ。
さて、水中ではどうだろうか??
水中では根酸をいくら分泌してもどんどん拡散してしまい、そしてカルシウムやアルミニウム、鉄などが供給されている以上どんどん結合して沈澱してしまう。要するに、リン酸をいくら添加したとしても水中のリン酸欠乏がおきる。これを回避するためには水中のカルシウム濃度を減らす、もしくは有機酸によりリンからカルシウムを奪ってやることが有効であると予想される。
ちなみに、水草ってリンはあまり必要じゃないんじゃないの?という意見は確かにある。例えば琵琶湖の水草のリン含有量が少ないことなどが挙げられる。しかしながら、「湖沼の水草はポタモゲトンと沈水トチカガミ科」である。要するにカルシウムが高くpHが高い水でもやっていくことに特化したスペシャリストたちであって、水草がみんなそこまで特殊化しているとは思い難い。
II リン酸の沈殿と溶出
リン酸カルシウムやリン酸鉄といった難溶性リン酸塩は好気条件において蓄積するが、嫌気条件になると溶出することが一般に言われている。これの理由として、これには嫌気条件下で硫酸イオンが還元されたH2Sとリン酸鉄(II)が反応し、可溶性のリン酸鉄(I)が溶出すること、好気条件下では土壌表面に水酸化鉄(III)が析出するためにこれにトラップされてリン酸が出てこられないことが指摘されているが、その全貌は私の理解が追いついていない。
また、粘土類鉱物のひとつであるアロフェンに結合したリン酸は分離しにくいことが知られている。これはソイルの原料として用いられている黒ボク土で顕著で、古くから土壌改良に苦労してきた。(最近ではその慣習が続いた結果、逆にリン酸や苦土石灰を過剰添加しすぎる方も問題になっているようだが…)ソイルを使っている以上は、この問題も考えねばなるまい。
III リンの観点から、底床に起きていることを考えてみる
リンの観点からネイチャーアクアリウムの方法論を考えていくと、わりと理解しやすい。良いととらえるか、悪いととらえるかは人次第だが、この現象は基本的に、底床が砂であってもソイルであっても発生する現象である。
いっぽうで以前の記事で述べたような、ソイル自体のカルシウム吸着の飽和と逆放出も同時に起きていることには注意が必要であろう。(おそらくソイルと砂のクリティカルな違いはそこにある)
立ち上げ直後の水槽
立ち上げ当初の水槽ではソイルがカルシウムを吸着したり、有機酸カルシウムを作る。これによりリン利用効率は上がるが、同時にソイル自体もリンを吸着する。
暫くするとソイル自体のリン吸着、カルシウム吸着が枯渇し、リン酸カルシウムが沈澱するようになる。有機酸は徐々に減っていく。
さらにすると、ソイルが逆にカルシウムを放出し始める。こうなるといくらリン酸が入っても片っ端からリン酸カルシウムになってしまい、スカスカな用土で根酸も水中に拡散してしまうために多くの水草は肥料吸収に支障をきたす。同時に水槽のpHおよび炭酸塩硬度も上昇して藻類に有利な環境になる。
さらに餌やりと水換えを続けると、水換えによって汲みだされた有機酸が枯渇して水草が根からリン酸を利用できなくなり、水中のリン酸は水換えや餌から供給されたカルシウムと結合して沈殿し、土壌中のリン酸カルシウムは過剰となる。しかし、このリソースは水草にとって不完全にしか利用できない。
立ち上げから時間がたった水槽
さらに進んで、魚の餌やりを沢山して硝酸塩が溜まり、ソイルの間隙が詰まって嫌気化が進んでくると、リン酸の再溶出が起こり、リン酸濃度が上昇し始める。(これは飽和や溶解度の問題ではなく、土壌微生物による反応である)そのような条件では硝酸塩もかなり蓄積しているため、pHは低くなりはじめるが、リン酸、硝酸態窒素が過剰であり、水草にとっては栄養バランスが悪く、藻類にとって有利な環境になる。
一方でソイルの粒が潰れ、根の周囲の空隙が小さくなっていく。こうなると根張りが強く大型で体力があり、腐食酸に頼らずとも自力で根酸を分泌し、豊富なリン酸カルシウム資源を利用できるようになる。ただしそれが得意な種は限られる。要するにニムファ、エキノドルス、クリプトコリネ、セキショウモ、ササバモなどが代表的である。
ただし、こうしたものの多くはそもそもソイルを嫌うかのような挙動を見せ、泥に植えた方がよく育つ。
IV 実際どうしたら良さそうか
I 水を軟水にする
根本的な原因を叩く手段から検討していきたい。
またそれかいな、と思われてしまうが大正義である。カルシウムが過剰にあるからリンがどんどん沈殿して堆積し、リン枯渇が起こったのちに今度はリン過剰が起きる。リンを堆積させずに、早期に出たそばから吸収したり、洗い流してしまえばリン枯渇もリン過剰も起きない。そうするには水中の”裸の”カルシウム、マグネシウム、鉄濃度を下げることが重要である。要するに、pH/KHマイナスで沈殿させたり、ROの水道水割りを使ったり、イオン交換樹脂でNaに交換してやる。
ちなみに前回も話した”裸の”カルシウムによる弊害はリン欠乏だけではないのではないか?と思っているのだが、これに関してはまだ論拠不足のため今後の課題としたい。
要するに、軟水環境においては肥料の効きは陸上植物のものに非常に近くできる。
II(期間を通じて)有機酸を追加する
リン酸が慢性的に使えない・溶出できない背景があるから、溜まりに溜まってしまいには問題を発生させるのである。
先ほどリン酸鉄やリン酸カルシウムは沈殿して水草にとって利用不可となることを書いたが、鉄やカルシウムはリンより有機酸と結合しやすい。さらに、有機酸鉄や有機酸カルシウムは植物にとってよい肥料ソースとなる。有機酸を添加することにより立ち上げ初期のリン酸の利用率向上、鉄の利用率向上、カルシウムの利用率向上を狙うことができる。また、有機酸鉄や有機酸カルシウムの状態で添加する分にはリン酸の吸収に悪影響を与えることは考えにくい。
要するに、リン酸を効率よく水草に吸ってもらうため、有機酸および有機酸鉄、有機酸カルシウムの添加が有効と考えられる。
具体的にはケト土とカナディアンフミンを練ったペレットの挿入、水への有機酸添加、リキダスの添加、ECAの添加などが挙げられる。
ECAは有機酸と鉄の補給、両方の面で優れており、ADA製品の中でもパワーサンドと並んでぜひ使いたいイチ押しアイテムである。
III 適切な底床掃除
また、いったん「古くなった」底床では底掃除は表面だけ行うという、経験則からの常識がある。
底床をへたにいじりまわすと有機酸も洗い流されてしまうし、根のまわりに空隙ができてしまい根酸分泌能力が高い水草もその本領を発揮できない。つまり、底砂なりソイルなりを”綺麗にしてしまう”と、栽培がうまくいかなくなる。
逆に表面付近は底床掃除を行う。これは表面付近に空隙を作っておくことにより好気的な環境を作り、リン酸カルシウムやリン酸鉄の形成と沈殿を促すためではないだろうか(リン酸の溶出スピードを遅くする)
ところでネイチャーアクアリウムが差し戻しを行わないのは、おそらくこのためではないだろうか。根は自然にできた嫌気域に伸びたままに温存した方が有機酸枯渇防止の面でも、根酸による吸収の面でも都合がよい。さらに使い古したソイルは(アレロパシー物質の蓄積と予想するが)根の成長が抑制されることが多く、さらに不都合である。
いっぽうでダッチアクアリウムでは比重が重く細かい、浮泥の堆積した砂を用い、根の周りは基本的に詰まっている。さらにクレイなどで有機酸を補給する動きも盛んである。要するに、差し戻しを行ったときの弊害が少ない。
IV(維持期・晩期において)リンを除去しカリウムを添加する
立ち上げからかなりたった水槽になるとリンは供給の方が過剰になり、窒素もまた余剰になる。この状態で溶出するリンは無機リンであるから、水草が利用できるリンである。つまり、このフェーズになってはじめて、窒素とリンをせっせと汲みだしてカリウムを補充するスタイルが有効になる。この状態ではネイチャーアクアリウムのスタイルは恐らくこの状態をベースとしている。
但しこの時期に至るまでにはpHが一定の値(水道水の水質により左右される)付近に安定しているから、そのpHが育てたい水草に適したpHになっているかどうかによって成否は左右される。
なお、水中のリン酸塩濃度が上がり藻類の大発生が問題になった榛名湖では、腐葉土と鉄を混ぜたものを沈めることにより、鉄によるリン酸沈殿、腐葉土からの根への腐食酸供給による吸収効率上昇を通じて(?予想だが)水草帯の復活を狙っている。(チラ見したかぎりではとてもうまくいっている)おそらく同様のことはリン過剰になった水草水槽においても有効な手段だと思われるため、今後の研究に期待したい。
立ち上げから時間がたった水槽において、アワビ殻や苦土石灰添加がかなり有効に感じる(pHの面では明らかに逆効果のはずなのに)謎にかんしても、実は効いているのはNPKバランスの是正では?と思っていたりする。
嫌気化した土壌に根がしっかり張っているのが前提で、NPK+Ca,Mgが潤沢に必要な水草に関しては奏功するはずだ。そういう環境は不自然なため好む水草は少ないが、一部あると思う。たとえばロタラ・ロトンジフォリア。
ちなみにここ数年でリン過剰を問題視する意見からリン不足に悩む意見に話題がシフトしたのは、維持期間が極端に短く、水換えが極端に多く、魚の飼育頭数が少なくなったからであろう。
おわりに
2回の記事を通じて水草栽培のエッセンスを、C、Ca、Pという3つの元素を中心として掘り下げた。
ここまでをまとめると以下のようになる。
・炭素吸収の観点から、水草を育てるにはpHは6以下にすべきである。
pH6以上では藻類の成長に重要な重炭酸イオンが増え、水草の成長に重要な遊離二酸化炭素は減ってしまう。よって、水草が藻類に負けやすくなる。その打破には不自然な量のCO2添加が必要になり、環境的にも経済的にも問題が大きい。
・pHおよびリン吸収の観点から、硬度の高い水道水は軟水化してから使うべきである。ソイルにイオン交換能を求めるべきではない。
硬度が高い水道水はpHの高止まりだけでなく、初期にはリンが水中から欠乏し、晩期には過剰にする。
ソイルにイオン交換能を求めると、pHが高止まりしてトラブルが発生した際にそれ以上下げることができず、管理上支障をきたす。そもそも日本の多くの地域において、ソイル単独で水草に適した水質にできる期間と地域は極めて限られてしまう。
・カルシウム吸収、リン吸収の観点から、水中の有機酸が豊富な状況が必要である。但し、根の周囲が詰まった状態ではそうでなくとも問題はない。
土に根を張る陸生植物と違い、根の周囲に水が流動的な状態では根酸の代替に水中の有機酸が必要である。但し粒が潰れたり、砂の間が詰まったような条件下では陸上植物と同様に根酸を介した養分吸収が可能となる。
・熟成した底床を掃除する際には表面を掃除し、下部は詰まった状態のままにする。
詰まった底床ではリン酸がどんどん溶出してしまう。上部に好気層を作ることで適度なリン酸溶出と沈殿が行われる。うまく熟成した底床を下部まで掃除してしまうと有機酸まで除去してしまって根からのリン、Ca吸収を妨害し、さらに根周囲の環境を破壊してしまう。
上記に挙げたのは、非常に基礎的な、みんな教えてくれる類の情報であるように思う。そして、ものすごく当たり前の管理技法はやはり理由があって生き残ってきたのだろうと実感させられる。
ただしそれを理論づけて使うのと、妄信して使うのには大きな差がある。
私の考えがあっているのか間違っているのかはわからない。しかし物事とは基本的にそういうもので、絶対的に正しいと信じたならばそれは宗教になってしまう。
特定の宗派を狂信するのも成功の近道かもしれない。
でも、何度でも間違いながら、できるだけ考えて、疑って、考え抜いて水草を育てる人が増えてくれるほうが将来的だろう。
綺麗なレイアウトのデザインセンスのある人は凄い、だけど、そうしたものの土台にチャレンジし、パラダイムシフトに成功した人々は、永久に偉大であり続けるだろう。
たとえば、天野尚のように。