水草オタクの水草がたり.

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サヤヌカグサが脚光を浴びるとき

サヤヌカグサ Leersia sayanuka

あまり見かけない、地味なイネ科植物である。ぱっと見ではこれといった特徴が見当たらない植物であるが、穂をみればとても特徴的でありすぐにわかる。長粒種のイネにそっくりなのである。(ジャポニカっぽいのはエゾノサヤヌカグサ)

サヤヌカグサ属Leersiaはイネに最も近縁な属であり、いくつかの種は大型の籾をもち穂はイネ属に酷似する。また、イネ属Oryzaの中にも、Leersiaによく似たものがいくつかある。

日本に分布するイネ科植物の中では最もイネによく似た穂をつけるのがエゾノサヤヌカグサであり、次によく似た穂をつけるのがサヤヌカグサである。ただサイズからして両者ともイネと間違われることはない。和名の「サヤヌカ」はこの種がほとんど不稔の花をつけることに由来すると思われる。ただし少数は結実するらしい(恥ずかしいことにちゃんと結実したのを見たことがない)。ただこの草の名前に「鞘糠」とイネに関する用語が用いられていることは特筆すべきだろう。サヤヌカグサは日本産の他の種に比べて分布が薄く、安定した、かつ年間を通じて湿潤な、良好な水田環境でしかみられない。これは結実率が低いことにより前年度の株に頼っているためではないかと思っているが、確証はない。肥料要求は多いため水田付近でしか見られないが、ときとして水路などでたなびいている姿も見られる。休耕田ではエゾノサヤヌカグサやアシカキの方が強いようだが、気にしてみるとサヤヌカグサがその隅っこでこじんまりと生えていたりする。

 

日本産のLeersiaはサヤヌカグサ、エゾノサヤヌカグサ、アシカキ、タイワンアシカキの4種である。タイワンアシカキは亜熱帯性で、沖縄などに行くとよく見かける。

この属はおもにキシュウスズメノヒエなどと同じく主に岸辺から生えて水面付近を匍匐したり、抽水状態で生育する。

 他の草に絡まってよじ登るために小刺が発達しており、英名はcutgrassである。小刺はエゾノサヤヌカグサで最も顕著である。エゾノサヤヌカグサは全草の小刺と植物珪素の含有量が高いことから非常に手を切りやすい植物であり、イネそっくりな穂をもつことからついた英名がRice cutgrassである。アシカキの和名も「足掻き」であるから、洋の東西を問わず同じようなことを感じたようだ。タイワンアシカキは他の種とくらべれば、あまり小刺が発達しない印象を受けるが、英名はSouthern cutgrassである。

 稲作においてLeersiaは基本的に畦から発生し、匍匐しながら水田に侵入する。エゾノサヤヌカグサは大型で、イネに絡まりながら斜上しながら侵入する姿を見かける。開花期が長いことから上にでたがるのだろう。アシカキはベタッと水面を這うようにして侵入する傾向がある。アシカキが咲くのは秋遅くが中心で、夏場は栄養増殖による陣地拡大に全力を投入するようだ。南方のタイワンアシカキはとんでもない増え方をする。休耕田や湿地を瞬く間に埋め尽くし、草原に変えてしまう。ほかのLeersiaより耐病性があるのか、まるでキシュウスズメノヒエのように健康な個体が多く感じた。面白い草なので持ち帰って育ててみようかと一瞬だけ思ったがあまりの増え方にドン引きして栽培はしたことがない。

 さきに述べたようにLeersiaはイネと近縁な属である。このことからごま葉枯病 Biporalis oryzaeやイネ白葉枯病 Xanthomonas oryzae pv. oryzaeに感染することがあり、また野生のLeersiaはしばしば(特にアシカキにおいてはほぼ必ず)これらの病変にしか見えないものが見られるため、イネに病気をもたらすとして極めて嫌われている。ただし、ごま葉枯病に関してはLeersiaにのみ感染するBiporalis leersiaeもあり、過大評価されている可能性はあると思う。(もちろんLeersiaが感染源になることも知られているが、病斑のあるLeersia全てが感染源になるわけではないのだろう、ということ。)白葉枯病に関しては種によって、また病原体の系統によってLeersia属各種への感染性が異なっているようであり、「イネと近縁だから同じ病気にかかる」と一口に言える状況ではないらしい。

 Leersia属は上記のように「害草」として片付けられていたが、なんと園芸利用がされているものもある。サヤヌカグサと思われる株は園芸で流通したことがあるという話を聞き驚いた。さらに情報を持っている方がいれば教えていただきたい。

 さて、サヤヌカグサは最近、「実は益草なのではないか?」という話が出てきている。というのも、畔に生えるサヤヌカグサは多くの害虫をイネ以上に呼び寄せるので、バンカープラントとして機能しうるのだという。たとえば、トビイロウンカの防除にサヤヌカグサを使ったバンカープラントシステムが有効であることが示された。サヤヌカグサには(サヤヌカグサは食べるがイネを食べない)ニセトビイロウンカが多くつき、またトビイロウンカの卵に寄生する寄生バチはニセトビイロウンカにも寄生する。したがってサヤヌカグサを植栽することによって(ニセトビイロウンカの増殖を介して)トビイロウンカの天敵を増やすことができ、トビイロウンカによる害を抑えられるのだという。同様の研究はコブノメイガなど他の害虫に関しても行われている。(これはトビイロウンカの例とは違って、コブノメイガのサヤヌカグサに対する嗜好性を利用する、らしい)

雑草とイネとの複雑な関係が調べられるにつれ、雑草との付き合い方もまた変わっていくのかもしれない。サヤヌカグサというとびきり地味な水田雑草がいま、脚光を浴びようとしている。今後の進展が楽しみである。