水草オタクの水草がたり.

水草を探して調べるブログです.素人ながら頑張ります.

Vallisneriaの検索表

Vallisneriaは本当に難解なグループだ。

種間における形態の差はあれどきわめて可塑的で、草体に特徴らしい特徴が見当たらない。世界的に広く分布しているものの、形態的な分類は困難をきわめる。現状では遺伝子をベースにした研究はいくつか行われているものの、目の前にある生きた個体をどう観察するために参考になる資料はひじょうに少ない。生の植物の写真はカッセルマンの水草図鑑にたくさん載っているので参考にはなるが、いかんせんバリスネリアのことなのですぐ形が変わってしまう。

そうこういっている間にも世の中には有象無象のバリスネリアが流通していて、そのうちのいくらかは逸出している。同じ名前で頼んでも毎回”何か違う”ものが届いてしまうありさまなので、名前よりも自分の同定力を磨かねばならないのが現状である。しかしそれも遺伝子頼りとあっては、同定作業は遅滞するいっぽうだろう。世間に広まる謎の外来バリスネリアも、コウガイセキショウモのようにあからさまにわかりやすいもの以外に関しては在来種として同定されている可能性が高い。

そのため、形態を頼りにバリスネリアを”ある程度でも”いいので見当をつける方法はないだろうか…と思っていたところ、こんな博士論文を見つけた。

Martin, A. (2022). A Deep Dive into the Aquatic Plant Genus Vallisneria (Hydrocharitaceae) (Doctoral dissertation, University of Kansas).

A Deep Dive into the Aquatic Plant Genus <em>Vallisneria</em> (Hydrocharitaceae) - ProQuest

主な内容に関しては今年の論文

https://doi.org/10.1016/j.aquabot.2023.103669

Martin, A. P., & Mort, M. E. (2023). Vallisneria (Hydrocharitaceae): novel species, taxonomic revisions, and hybridization. Aquatic Botany188, 103669.

に載っているのだが、この博士論文の後半にはラテン語で書かれた形態記述の英訳および形態ベースの検索表が載っている。拙いながらも和訳してみたので、掲載する。

1a.有茎・・・2
    2a.葉幅<5㎜・・・V. rubra (Rendle) Les & S.W.L. Jacobs
    2b.葉幅>6㎜・・・3
        3a.果実は3翼、三角状・・・V. triptera S.W.L. Jacobs & K.A. Frank
        3b.果実は2翼、扁平・・・V. caulescens F.M. Bailey & F. Muell.
1b.叢生・・・4
    4a.葉に水平な縞を持つ・・・5
        5a.基部はdistichous・・・V. jacobsii A.P. Martin & D.N. Wilson 
        5b.基部はロゼット状・・・6
            6a.雄花の雄ずい基部に毛を持つ・・・V. neotropicalis Marie-Vict.
            6b.雄花の雄ずい基部に毛を欠く・・・V. nana R. Br.
    4b.葉に水平な縞を欠く・・・7
        7a.一年草
            8a.雄花の雄蕊は1・・・.V. anhuiensis X.S. Shen
            8b.雄花の雄蕊は2・・・9
                9a.葉先は鋭頭・・・V. annua S.W.L. Jacobs & K.A. Frank
                9b.葉先は鈍頭・・・V. longipedunculata X.S. Shen
        7b.多年草
            8a.匍匐枝に棘をもつ・・・V. spinulosa Yan
            8b.匍匐枝に棘を欠く・・・9
                9a.雄花の雄蕊は1・・・V. natans (Lour.) Hara
                9b.雄花の雄蕊は2・・・10
                    10a.葉にantrorse bristleをもつ・・・V. erecta S.W.L. Jacobs
                    10b.葉にantrorse bristleを欠く・・・11
                        11a.葉先は鋭頭・・・V. gracilis F.M. Bailey
                        11b.葉先は鈍頭・・・12
                            12a.果実の断面は扁平/線状・・・V. denseserrulata (Makino) Makino
                            12b.果実の断面は楕円形・・・13
                                13a.雌花は基部から2/3以上裂ける・・・V. spiralis L.
                                13b.雌花は基部から1/2以下しか裂けない・・・14
                                    14a.雄花の雄蕊基部に毛をもつ・・・V. americana Michx.
                                    14b.雄花の雄蕊基部に毛を欠く・・・V. australis S.W.L. Jacobs & D.H. Les

 

この検索表は形態ベースで既知のVallisneriaを網羅した点で画期的である。ただし、系統的に見ると葉の縞は複数回発生していることや、一年生と記述された種のうち2種は原記載ののちにあまり調べられていないこと、とくにV. anhuiensisの原記載にはやや不可解な点があること)、Vallisneria denseserrulataの匍匐茎には明らかな棘があることなど、いくつか改善すべき点があるように感じたので、手を入れてみようと思った。

 

手を入れてみた(案1)

案1は自然分類群に近づける方向性でまとめてみた。

Vallisneriaは

(1)V. spiralis、V. denseserrulata、V. spinulosa

(2)有茎の種群

(3)残りの種

のように分かれ、(3)の中では鈍頭でアメリカに分布するV. americana+ neotropicalis、鈍頭でオーストラリアに分布するV. australis+V. jacobsii、そしてV. natansおよび鋭頭でオーストラリアに分布する(一見さまざまな)種群…というように分かれるので、それをやや意識してみた。

まず形態的に似るものの遺伝的に異質な(1)を(3)から切り離すべく、Lowden, 1982を踏まえて雌花をspiralis型、americana型の2型に分けてみた。Lowden, 1982では雌花のタイプで世界のVallisneriaをspiralisとamericanaの2種のみに分けてしまい、それは現在の(1)および(3)に該当するためだ。(実際には雌花の特徴もわかりにくいのであまり有効ではないかも…)

V. denseserrulataとV. spinulosaに関してはどちらもランナーに棘をもつので、原記載にあたって果実の形状で区別することとした。

”一年生”の二種に関しては未だに他の研究者によって調べられておらず、記述からも実態がいまいち不明であることからひとまず除外した。おそらくそれぞれとあるシノニムではないかという疑念がわいてやまなかったが、言及はしなかった。

V. natansとオーストラリアのV. nana+(annua+gracilis+erecta)は近縁でどちらも鋭頭だが、V. natansは雄蕊が1であるという明らかな特徴があるので早期に分けざるを得なかったのは少し心残りである。

 

案2

案2は実際に用いるのを意識してみた。V. annua(一見したところまるでブリクサだ)やV. erecta(バリスネリアのくせに葉が水面から突き出る)は極端な特徴があるので、ごく近縁な種があることを意識しながらも検索表の最初のほうに除外してみた。また、じっさいのところV. gracilisとセキショウモの判別に悩むような(葉幅の)個体にはそうそう遭遇しないし、V. neotropicalisとV. australisはあからさまに大きい。ただし、V. spiralisに関してはつかみどころがない印象なので詰め切れなかったのが残念である。

コウガイセキショウモも入れるべきだったか…と思ったものの、”V. denseserrulata"に落ちるはず。半分合っているし、様々なものが出てきかねない雑種を入れて検索表を煩雑にするのもなんだかなあと思ったのでそのままにした。

 

もうちょっと詰められる気がするのと、世界各地から報告されているいくつかの”変なバリスネリア”に関しても気にせざるを得ないので、しばらくバリスネリアを真面目に見てみようと思う。

ところで暫くと漸くってどっちがどっちの漢字なのか時々わからなくなる、といったところで今回のオタ活報告を締めようと思う。