ヒルムシロ属の花はシンプルながら、とても変わっている。
上に示したのは、ヒルムシロ属の花を模式的に表した図を模写したもので、謎の記号と化している。似た図は幾つかあって少しずつ違っていたりするが、構造を簡略化するとこのようなかたちになる。
これはもうすこし写実的に私が描いてみたもので、角ばった外側のパーツがメカニカルに組み合わさっていることや、閉じていた外側のパーツが開いて葯が露出することなどがわかればと思う。
さて、この角ばった外側のパーツ(花被”片”、 ”Perianth segment")が何であるか?が問題である。
一見すると花弁のように見えるこのパーツであるが、ばらしてみると左右2つの葯に連結しており、ふつうの花には存在する花弁や萼はヒルムシロ属の花には見当たらない。
左右の葯は半葯(葯はふつう2つ1セットで構成され、その片方を半葯という)であるとみられ、となればその間をつなぐ組織は半葯どうしをつなぐ組織であるStamen connective 葯隔であるということになる。そのことから、日本語の記述ではしばしばこれは雄蕊の一部であるとして、葯隔付属物と呼ぶケースが多い。この解釈をとるとヒルムシロ属には花弁も萼もない、ということになる。
しかし結論から言ってしまえば、現在この構造はTepal 花被片であるとされている。
花被とは花弁および萼の総称および、どちらともつかない場合に用いられる呼称である。
花の初期発生を観察すると雄蕊や雌蕊の原器よりも先にこの外側のパーツが分離し、のちに葯の原器(もととなる部分)と外側のパーツの間の部分にある部分が隆起して結合しこのような形になるためである。
Sattler, R. (1965). Perianth development of Potamogeton richardsonii. American Journal of Botany, 52(1), 35-41.
そのため、この構造は、Tepal 花被片とよぶのがよいだろう。ただし萼が退化しているのか、花弁と萼が退化しているのか、花弁だけが退化しているのかはいまいち判然としないため、花弁といいきれるものも萼片と言い切れるものもないけれど、少なくとも両者いずれかに相当するパーツは存在する。
となると、ふつうの被子植物とヒルムシロ属の構造は同じように考えることができる。
次にやたら出てくる重要単語の心皮についてふれる。
心皮は雌蕊の構成単位で、「雌蕊が何パーツからなっているか?」を表している。雌蕊は基本的に、種子をつけるようになった葉に由来すると考えられており、何枚の葉で雌蕊が構成されるか?をイメージするとわかりやすい。ミカンの房や、リンゴを輪切りにしたときに見える星状の構造は心皮に相当する。
ヒルムシロ属の場合、1つの心皮には1つの柱頭がつき、分離している単一雌蕊となっている。それがふつう4つついており、その雌蕊には1つの子房および胚珠のみが含まれる。熟すると心皮に相当する部分は厚い果皮に包まれた果実…痩果Acheneとなって種子を包んだまま脱落し散布される。
なので、ヒルムシロ属の場合、花1つ辺りに柱頭がいくつあるか?でも、花ひとつあたりに雌蕊がいくつあるか?でも、結実率100%であれば痩果ないし種子がいくつつくか?でも、いずれも心皮数と同じ答えになる。