水草オタクの水草がたり.

水草を探して調べるブログです.素人ながら頑張ります.

忘れ去られた水生穀物、葟子

狩猟採集生活に注目が集まっている。

野草採取系Youtuberや狩猟系Twittererが人気を集め、とんでもないようなゲテモノを含めて様々な動植物が食卓に上る(?)ようになった。

これは日本の不景気による文化衰退および、農業生産力の低下が末期的となり、ついには石器時代の狩猟採集生活にまで戻ろうとしているからである。

・・・わけがない。

農耕文化が存在する地域であったとしても、農耕文化がもたらされたあとであっても。利用しやすい資源がごく身近にあれば、人類はそれを利用してきた。漁業などは好例だろう。

そして陸上においても、主食となる炭水化物を野生から採集する文化は農耕文化が広まった後でも根強く生き続けたのである。

西アフリカでは、トウジンビエやコムギ、トウモロコシ、ソルガムと並んで野生の浮ヒエEchinochloa stagnina(この植物は以前このブログでも取り上げた気がする)や野生イネOryza barthiiがいまもふつうに野外から採集され、市場に並ぶという。北米では、いまもワイルドライスとしてアメリマコモが採集されている。(最近では栽培もされ、れっきとした作物になってしまった系統が多いようだが・・・)

これらは飢えを無理くりしのぐ手段であるというよりも、主食のリソースを多様化し、味わいの一つとして伝統的に食を支えてきたものと思われる。

さて、日本においてもそうした野生穀物が用いられてきたが、その多くが忘れ去られてしまった。笹の種子である笹米、マコモの種子である菰米が部分的に利用されてきたが、平安時代をはじめ、日本史において野生穀物、それも水生植物が大々的に利用されたのが今回紹介するムツオレグサの種子、葟子である。

 

葟というのは中国語では雑草とか竹とかそういう意味であるらしいが、日本においてこの「草冠に皇」という仰々しい漢字が、宮廷に献上される行事食においてどのような意味合いで用いられたのか興味深い。

 

さて、小正月に小豆粥を食べる風習は今でも比較的残っていると思われる。これが日本のムツオレグサ利用の最後の名残である。小豆とムツオレグサには一切関係がないわけであるが…。

中国では小豆粥を正月15日につくる風習が5~6世紀にはすでに存在しており、それが日本にも伝来したと考えられている。

800年代には日本において七種粥という同様の風習が宮中行事として定まっていたようだ。一説には、七種粥の起源は奈良時代孝謙天皇の時代、753年まで遡るという。

さて、中国の小豆粥と日本の七種粥は似ているものの同じではない。

名前からわかるように、小豆に加えて粟、黍、稗、胡麻、そしてムツオレグサ、塩が入っているのである。

その後鎌倉時代以降になると胡麻が芋になったり、黍が栗になったり、稗が柿になったりとかなりの乱れが生じるが、ムツオレグサは生き残ったようだ。また、平安時代から下級の者には略式として小豆粥が供された。そしてそうした中で徐々に衰退し、七種粥は小豆粥になっていった。そして江戸時代には粥に餅を入れることが一般化し、現在の正月15日の小豆粥に繋がっている。(1)

さて、ムツオレグサはそんな中で、鎌倉時代以降は忘れ去られ、葟が一体何を指していたのかすらわからない状況となっていた。ミノゴメという呼称がカズノコグサに用いられる様子であったほどである。これを再発見したのがかの牧野富太郎である。文語体で読みにくいので現代語訳して引用しよう。

「従来カズノコグサをミノゴメと称したのは大きな誤りである。和名ミノゴメはみの米の意味である。この草をミノと呼ぶ理由はわからない。ムツオレグサは穂がバラバラに折れやすいためについた名である。田麦は田の麦という意味であって、その穀粒を食べるためについた名である」

牧野が生きた時代であってもムツオレグサは食用とされていたようであるが

賤民往々之れを集め食に充つ」と、「日本植物図鑑」や「国訳本草綱目」でしている。(2)(3)当時の時点でムツオレグサは天皇に祭事に献上され、下級のものには与えられないような食物からは最も程遠い下賤なものに成り下がっていたことが伺える。

西角井正慶『年中行事辞典』は七種粥を日本古来の風習とする説を紹介しているが、その理由として葟子の利用を挙げている。ミノという語が葟子に対応する読みであったことは『和名抄』巻十七稲穀部にに「葟子 本朝式云 葟子上音皇 美能」とあることから明らかである。『本草綱目』には「皇 (くさかんむりの下に冂、この中にヌ) 音相近也 爾雅皇守田 郭璞云 一名守気 生廃田中似燕麦 子如彫胡可食」とあり、ミノは、イネ科で燕麦に似て食用の穀物であったことがわかる。(3)

ムツオレグサの実物はたしかに全草や穂の印象が食用作物の中では燕麦にもっともよく似ているように(イネ科ド素人の私には)見えるし、少なくともカズノコグサよりははるかによく似ている。もしもこれがカズノコグサであったとしたら、牧野が述べたように実がスカスカでとても食用に適さないし、見た目もむしろ粟か稗に似ると形容せねばならないだろう。

 

さて、肝心の食味に関しては、食べてみたという人があまりにも少ない。そもそもムツオレグサが食べるほど生き残っていないのである。

 

つまり・・・

育てろということだな。育てて収穫して利用してみるしかあるまい。

そもそも・・・

七種粥で利用されている植物はムツオレグサ以外明らかに食用の作物である。ムツオレグサも平安時代には半野生とはいえ、ある程度の栽培がされていたと考えた方が自然ではなかろうか。

 

栽培方法に関して簡易ながら記述を見つけた。(4)

日本の伝統的に利用されてきた雑草を育てるのに海外の記事をあたらねばならないのは少し恥ずかしいところもあるが、とても助けになりそうだ。

種子は春まきで3~5㎝湛水した容器で表面蒔きで3週間以内に発芽、その後移植する。株分けで増やせるらしい。日本では湿田で冬場発生するので秋発芽なのではと思っていたのであるが、たしかに種子散布は春なので不思議に思っていた。

中国でのムツオレグサの発芽条件はやや低温よりの10度/20度区で0.5㎝覆土で最大になったとのことである。(5)つまり日本の水田では夏場は高温になりすぎて発芽に適さず、秋になって冷えてくると発芽が開始されるのではないかと思われ、そう考えると野外での観察例とも合致する。

 

さて、蒔かねば。蒔く前に作戦を立てておきたい。

ムツオレグサは湿田に春先出てきたり、谷津田の湿地に生えているのしか見たことがない。ドジョウツナギ属があまり平地の熱くなる湿地でみられる印象がなく、湧水や木陰を好んでいる印象がある。ようするに暑さを嫌がって涼んでいるのではないか。

また今回探してみたフィールドではドジョウツナギやヒメウキガヤが木陰の湿地などでも見られたのに対し、生育条件が好適であるにもかかわらずムツオレグサは現れなかった。乾田ではスズメノテッポウが優占し、ほとんどムツオレグサがみられなかった。休耕田では富栄養なところはヨシに占領され、貧栄養なところではイグサやコブナグサ、オオハリイ、セイタカハリイ、ハナビゼキショウなどがみられたものの、ムツオレグサは出現しなかった。

ムツオレグサが出現したのはやや富栄養でセリ、クサヨシ、ドジョウツナギなどが生育する場所で、ムツオレグサは日なたでしか生育しないのではないかと予想している。

探してみて思ったことがある。

ムツオレグサが激減しているのは火を見るよりも明らかである。そもそも生育適地がない。ほとんどの水田がことごとく乾田化してしまっており、休耕田もあっという間にヨシ原になってしまっている。ヨシ原化を免れるような場所は乾燥しているか、貧栄養かであって、生育適地にはなりえない。

そもそも湿田が生育適地なのかにもやや疑問がある。多年草であるが代掻きで埋没すると枯死し、匍匐茎を置いただけでは成長せず、湛水状態で土を被らないようにしても1割ほどしか萌芽しない。これではたとえ多年草であっても耕起されるたびに全滅してしまうだろう。(6)

ムツオレグサはおそらく頻回に(2-3年に一度くらいか?)撹乱される、浅く湛水した氾濫原やため池の水際に生えるような植物ではないかと思う。そのような環境にはいくつか心当たりがあるので、予想通り出現するか確認せねばならない。

つまり、ある程度日差しが必要なものの、日本の真夏の水温だと夏越しがちょっと怖いかもしれない。バケツ稲の要領で播種して、夏場は裏庭で管理する方針でいこうかと思っている。ひとまず利用できる株数が少ないので種と同定用の穂を1本だけ採集して、自力で増やしていきたい。頑張る…。

ムツオレグサの粒を取り出すのはかなりしんどい。というか粒が柔らかいので雑にやると損傷するし、乾燥させても発芽能力を保つのか、生育条件からしてはなはだ怪しい。マコモやワイルドライスのように見た目には大丈夫でも致命的なダメージが入りそうだ。ところで熟したムツオレグサの種子は黒っぽい。赤飯が赤っぽいことを重視したというから、ムツオレグサをわざわざ利用したのは冬場にとれて、炊いたときに黒米のように赤っぽくなるからではないか?という推測もできる。やってみないとどうなるかわからない。それには量が必要だ。

まだ種まきもしていないのに大はしゃぎしてしまった。暑くなる前に蒔かねば。(むしろ室内で冷やして蒔こうか?)そしてそのためにはもっとフィールドから学ばねば。田植えと代掻きが終わってしまう前に。

 

(1)森田潤司. (2011). 季節を祝う食べ物:(1) 新年を祝う七種粥と小豆粥. 同志社女子大学生活科学44, 79-83.

(2)新牧野日本植物図鑑(2008)

(3)春の七草と七草粥について 2023年5月16日閲覧。

(4)Glyceria acutiflora - Useful Temperate Plants

(5)Tang, W., Xie, Y., Lu, Y., & Chen, J. (2019). Seed germination ecology of creeping mannagrass (Glyceria acutiflora) and response to POST herbicides. Weed Biology and Management19(1), 19-27.

(6)牛木純, & 森田弘彦. (2006). 多年生イネ科雑草の茎切片からの再生に影響する要因と再生個体の除草剤に対する反応. 東北の雑草= Tohoku weed journal/東北雑草研究会 編, (6), 23-29.