なんと観察に行くたびウン万本目にする,あの雑草が1ポット1500円で売られている,というのはなんともおかしな話である.ムルダニア ケイサクことイボクサのことである.
Murdannia属はとくにみんな水草というわけではない.日本ではイボクサのイメージが強いのだけれども海外に目を向けてみれば,
Murdannia simplex
— Tomoki SANDO (@TomokiSANDO) 2022年5月26日
林床に生えるツユクサ科。30㎝近い細い葉のロゼット葉を出し、ランナーを出して増える。 pic.twitter.com/Ttxl2KqCLy
Murdannia edulis
— Tomoki SANDO (@TomokiSANDO) 2022年3月27日
少し離れた場所の林床で開花しているツユクサ科の植物。花は夕方咲きで、花弁は丸くて白っぽいなど違いがある。スコールで目を覚まし、たくさん花を咲かせていた。 pic.twitter.com/pVC5Z0zUUY
こういうように,非常に多様性が高いツユクサ科最大級の属であり,60種くらいいる大所帯である.
日本ではイボクサくらいしか目にしないと書いたが日本では沖縄にシマイボクサがいるほか,アレチイボクサが帰化している.まあどちらにしても基本は陸生である.
まあイボクサは本州の田んぼに行けばほぼどこにでもいるし,いれば大抵大量にいるのでごくごくありふれた種ではあるのだけれど...
…身近なようで多様性を日本では感じにくい属である.
さて.
流通しているものを含めても,関東地方で目にすることができるMurdanniaはおそらく,パンタナル産のMurdannia engelsii(レッドとグリーンのパンタナルクリスパ.2系統ある)とイボクサMurdannia keisakだけである.
うーん,Murdanniaの本来の多様性を考えると実に残念としかいえない.とはいえ水草として売られている種が一つだけでもあるので,まあ少しはましになったといえるかもしれない.
イボクサ属からイボクサに戻ろう.
イボクサは日本,韓国,中国といった東アジアの稲作地帯においてごく一般的な水田雑草である.琉球列島ではシマツユクサが主に同じニッチを優占するあたりからしても,温帯性の種である.
アメリカにも移入されている.移入年代が1920~30年代(Dunn & Sharitz., 1990)であることからすると,アクアリウムというより稲作にともなって侵入したと考えられている.そもそもアクアリウムでイボクサが注目されだしたのは2010年代からなので,アクアリウム由来である可能性はほぼなさそうだ.ただ,本種を本格的にアクアリウムに使いだしたのはアメリカのようなので,現在流通するムルダニア ケイサクはアメリカからヨーロッパを介して東アジアに逆輸入されたものではないかと思われる.
ヨーロッパやインドからも報告がある.(Chowdhury et al., 2015)ヨーロッパのものは帰化でいいだろうが,インドのものは判断に悩むところではある.
水田雑草としてのイボクサの挙動は基本的に陸生の植物という印象を強く受けさせる.イボクサは水田ではもっぱら畔に生育し,水田内から生えてくる株はほとんど見られない.つまり,水田での挙動を見る限りでは水草という印象を全く受けないということである.農家の間では「イボクサは湛水することで発芽を抑制できる」ということがよく言われるほどである.
しかし,池や湧水水路ではイボクサが沈水状態で深い場所から生えてくる様子がみられる.また,栽培下(水田の個体を累代したもの)においてもイボクサが水中から生えてくる様子はよく見られる.つまり,イボクサは水中での発芽能力があるにもかかわらず,水田ではあたかも水中での発芽ができないかのような挙動をとる…
非常に奇妙な現象である.
水中でのイボクサは発芽が速く,3月ごろには発芽が開始される.代掻きの前に水が張られるとすぐ発芽する.しかし,代掻きのあとはなぜか水中からは発芽してこない.一方,水上では代掻きの影響を受けないのみでなく,なぜか4月ごろから発芽し,7月くらいまで発芽が続くようである.
先行研究がないものかと調べてみると,佐合ら(1997)が同様の現象を報告している.
この特異な発芽特性がどのようなメリットをもつのかはいまいちよくわからないが,少なくとも本種の分布(四季のある地域にしか生育しない)や水田での挙動はよく理解できる.
湧水や池でイボクサを水中でよく見かけることからうかがえるように,水草としての挙動も可能である.ただ一般に,水中ではものすごいスピードで育って突き抜けてしまう.水中適性の高い個体群もおそらくあるはずなので,そうした個体群が市販されている可能性もある.そのあたりは栽培実験してみないとなんともいえない.
さらに,現在水田に生育するイボクサはあたかも「水中適性が高い個体を排除するような」管理のもとに置かれている.そのため,自然度の高い池に時々生育するイボクサはちょっと違う性質を持つ可能性も捨てきれない.
どこにでもいるただのイボクサながら,楽しみ方はいろいろありそうである.
Dunn, C. P., & Sharitz, R. R. (1990). The history of Murdannia keisak (Commelinaceae) in the southeastern United States. Castanea, 122-129.
Chowdhury, A., Chowdhury, M., & Das, A. P. (2015). Murdannia keisak (Hasskarl) Handel-Mazzetti (Commelinaceae): a new record for India. Pleione, 9(2), 531-534.
佐合隆一, 牛田勝弘, & 松田照男. (1997). イボクサ (Murdannia keisak (Hassk.) Hand.-Mazz.) の発芽特性と除草剤に対する感受性. 雑草研究, 41(4), 344-349.