昔から知られてきた謎水草である.
古くは山田洋,山崎美津夫の「世界の水草III」にも記載があり,この記述中ではクリナムクリスパ Crinum sp. "Tortifolia"との記載がある.産地はカメルーン.
そう,これは事実として,Crinum tortifoliaなる水草は記載されていない.
それに,普通に調べた限りではアフリカに分布する水生クリナムはナタンスとカラミストラタムのみ…どちらもチリチリに葉が縮れた水草である.
つまり,存在しない筈の水草が輸入されているという,異様な事態が起こっている.
“Roots”Web site(水草・水辺の植物・ジャングルの植物の販売・通販)
↑Rootsにクリナムspコークスクリューとして入荷した際の画像
[熱帯魚]見所満載[植物も] | 名古屋のペットショップ【リミックス・ペポニ】
↑リミックスにトーチフォリアとして入荷した際の画像
さて,ナタンスとカラミストラタムについてまず述べていこう.
「クリナム・ナタンス」にはかなり変異が大きいため,アクアリウムではいくつもの違う名前が付けられてきた.
「世界の水草III」にあるクリナム・ナタンスは葉幅3~5㎝,葉の中脈の両側に不規則なくぼみがあり波打つタイプである.
クリナム・ナタンス (Crinum natans) の花 | アヌビアス水草ブログ
↑クリナム・ナタンスの花と水上葉.水上葉は普通のクリナムであり,波打たないらしい.
さらに葉の波打ちが大きいタイプとして,クリナム・クリスプス(クリナム・アクアティカ・ブロードリーフ)が挙げられている.両者には花の違いもあるようで,「ナタンス」の方が花弁の幅が広いようである.
↑クリナム・アクアティカ・ブロードの花(クリスプスとして入荷したもの)
カラミストラタムは葉が1㎝未満と非常に細く,非常に波打つ種類である.アクアティカナローともいう.
↑クリナム・カラミストラタムの花
クリナム・プルプラセンスは流通名に問題の多い種である.西アフリカに分布する種だが,なぜかアクアリウム業界ではもっぱら南米産と言われている.アグアプロダクションの緑の本にもブラジルの現地写真がある.
現在流通するものが何なのか非常に気になるが,いまだに同定資料が揃っていないので現時点での断定は避けたいところである.
なお,南北アメリカのクリナムの多くがC. purpurascensを母種とするとする説があり,分子系統的にも支持されている.(Kwambeya et al., 2007など)そのため,将来的にはこの状況もそこまで変なものではなくなるかもしれない.
有名なクリナム・タイアヌムは現在採集が禁止されているにもかかわらず,流通が見られ,非常に謎なものである.あれだけ大型の種であるためファームでの生産も困難と思われるものの….密漁品が元なら事件になりそうなものだ.しかしながら,カッセルマンのAquarium Plantsではアフリカにも分布があるということが書かれており,これは何かとの混同がアクアリウム業界で起きていることが予想される.げんにギニアからはタイアヌムとして謎の水草が来ている.本種は葉幅1.5~2㎝,長さ~2m.最大種という認識が強いものの,次に述べるC. malabaricumに比べると一回り小さい.
ギニア便クリナムsp.1株 | water plants lover
↑タイアヌムとして来たギニアのクリナム.おそらくトーチフォリアの類.
インドにはタイアヌムによく似たC. malabaricumが分布する.タイアヌム以上に大型で,葉幅2~6㎝,長さ2~4m.これはアクアリウムにはもたらされていないと思うが,人類に扱える水草の大きさを遥かに超えており,また自生地もケララ州の1か所からしか知られていない.どうか初入荷がないことを祈る.
さて,ここまでにトーチフォリアは出てこなかった.つまり,謎の水草であることに変わりはない.
プルプラセンスである可能性は否定できないが….
さて,では今回の問題の爆心地たるカメルーンのクリナムについてみていこう.
カメルーンにおいて,水生のクリナムは基本的にはC. caramistratum(カメルーン山周辺の固有種)とC. natans(西アフリカに広く分布)である.ここまでは何度も言っていたのとかわらない.
しかしNordal& Wahlstrom (1980) .においては,河川性にさらに2つの種があることを報告している.一つはC. jagusとC. natansの中間的なもの,もう一つは内陸部の標高250m以上に分布する水生種である.
この2種はBjora et al., 2009にて記載され,Crinum amphibumとCrinum natans inundatumと名前がついた.
違いについてみていこう.
Crinum amphibumでは葉は基本的に自立し,膜様でない.これは川岸性の植物であって,水草とはあまりいいがたいのでこれ以上の言及は避ける.
Crinum natans inundatumは急流の水中に生息し,基本的に水生で乾季には干からびる.(Crinum natans natansは水位上下の激しい環境には生息せず,基本的に常緑である)葉には波打ちを欠き,葉幅はC. natansより狭く1.5㎝程度である.また,記載される以前のArroyo, S. C., & Cutler, D. F. (1984)をみてみると葉の構造において,海岸付近型(C. natans natans)ではHelically thickened cellsがあり,内陸型(C. natans inundatum)ではないとしている.
おお,これはまさに我々(ほかにいるか?)が探し求めていた,トーチフォリアそのものではないか.花の画像が入手できなかったものの他種は除外できそうであり,検索表からもトーチフォリアはC. natans inundatumとしてよさそうである.
トーチフォリアなり,ギニア産クリナムspはCrinum natans inundatumであろう.そして,外部形態ではやや小さく,中肋がある点以外はタイアヌムそっくりである.本種はおそらくカメルーンの外側,ギニアあたりまで広い分布域を持っており,乾季には干からびて球根だけになってしまう.
しかしここで落とし穴が.
Bjora et al., 2009の分子系統解析ではC. caramistratum,C. natans natans, C. natans inundatumの3者は見た目が明らかに異なり,分布も異なるにもかかわらず分子的には大きな差が見当たらなかったのである.
変な話ではあるが,そのため現状では亜種どまりである….
いくら何でも外部形態が違いすぎるし,栽培下でもこれらが相互に変化したという例は聞いたことがない.
逆に言えば,極めて短期間のごくわずかな配列の変化によってこれらの大きく外見や生態の異なる種が派生したということが示唆されるだろう.
この辺りについては他のマーカーを用いた今後の再検討に期待したい.
Bjorå, C. S., Kwembeya, E. G., Bogner, J., & Nordal, I. (2009). Geophytes diverging in rivers—a study on the genus Crinum, with two new rheophytic taxa from Cameroon. Taxon, 58(2), 561-571.
Nordal, I., & Wahlstrom, R. (1980). study of the genus Crinum (Amaryllidaceae) in Cameroun. Adansonia.
Kwembeya, E. G., Bjorå, C. S., Stedje, B., & Nordal, I. (2007). Phylogenetic relationships in the genus Crinum (Amaryllidaceae) with emphasis on tropical African species: evidence from trnL-F and nuclear ITS DNA sequence data. Taxon, 56(3), 801-810.
Lekhak, M. M., & Yadav, S. R. (2012). Crinum malabaricum (Amaryllidaceae), a remarkable new aquatic species from Kerala, India and lectotypification of Crinum thaianum. Kew Bulletin, 67(3), 521-526.
Arroyo, S. C., & Cutler, D. F. (1984). Evolutionary and taxonomic aspects of the internal morphology in Amaryllidaceae from South America and Southern Africa. Kew Bulletin, 467-498.