宇都宮の市街地でのことである.
宇都宮は湧水が豊富で,あちこちから綺麗に澄んだ水が湧いている.そこらのドブにしたって湧水成分が多いので,ササバモやセンニンモ,ナガエミクリ,ミズハコベ,ホザキノフサモなどの水草がよくみられる.
そんな宇都宮の水路だが,異変はもうだいぶ前におき始めたと思う.流水が一面,鮮やかな黄緑色の浮草のようなものに覆われるようになり,ついにはあの図々しいクレソンやオオカワヂシャ,コカナダモすらも圧排するようになったのである.
それが今回の主役,イケノミズハコベ.
イケノミズハコベはミズハコベによく似ているが,より大型で葉が丸っこく,なにより沈水葉も丸いままであることが特徴的である.
大暴れするだけあって繁殖力が強いが,水質悪化や高水温,乾燥などにはめっぽう弱く,呆気なく溶けて全滅してしまう.
高水温に弱いから栽培は極めて難しく,水槽でやろうとするのはやめた方がいい.うまくいけばあっという間に「水面が」緑のじゅうたんになるだろうし(筑波実験植物園の水草展2021では水面緑のじゅうたんになっていたように),うまくいかないと私のところのようにすぐドロドロ溶けて水質が悪化する.溶け始めると溶けがどんどん伝染するので,予防のためには一本ずつ分けて植えなければならないし,そうやってもすぐ増えて密になって,溶ける.
水田に流れ込む湧水水路にはイケノミズハコベはたくさん生えていても,なぜか水田に入ると全く生えていない,それが普通である.イケノミズハコベが水田に生えるのであれば,イネの方が調子を崩すのではないかと思う.
熱いのがダメなだけでなく,あまりに水温が低いのもダメなようだ.冬場の止水栽培もやっぱり溶けて駄目だった.
適度にぬるい湧水がダラダラ流れるような環境に特化した外来種である.
乾燥にも弱い.
ある並走する水路では,片方がイケノミズハコベに占領,もう片方は一面のミズハコベの大群生であった.
冬来てみると違いは歴然,ミズハコベの方の水路はカラカラに乾いていたのである.水があるのは僅か数か月だけ,その間にミズハコベは種子から毎年やり直しているようだ.
このような関係性はカワヂシャとオオカワヂシャにもいえる.外来種のほうがリッチな環境を独占し,悪いぎりぎりの環境にこそ在来種が残っているという状況が多分多くの在来ー外来種関係でみられていると思う.特に湧水は外来種天国になりやすい.かの魔窟,江津湖とか・・・.
さてイケノミズハコベだが,名前に反して上記の性質から池には生えないのがお分かりのことだろう.この微妙な和名は英名のPond water-starwortからきている.北米帰化個体群やヨーロッパではたしかに池にも生えているようなのだが,日本の個体群はそのようなところを見たことがないし,できるとすら思えない.さらに,北米帰化個体群およびヨーロッパの個体群は種子産生が豊富である(Philbrick et al., 1998)が,日本で種子産生が行われているかどうかすら怪しい(上記のように,乾燥する場所では全滅するということは分岐増殖するばかりで種子をほとんど作っていないのではないか).
本当に日本のイケノミズハコベが典型的なCallitriche stagnalisなのか私は疑問に思っている.身近な外来種にも謎がいっぱいである.
コロナ下でイケノミズハコベすら取りに行くのが億劫になっており,確認するのもなかなかしんどいのが現状である.
あのすさまじい増殖っぷりを見ると特定外来生物に指定されたほうがいいのだが,対応法に直結するのでひとまず日本の個体群がタネをどのくらいつけるのかどうかをちゃんと日本で調査確認してからにしてほしいと感じる.
Philbrick, C. T., Aakjar Jr, R. A., & Stuckey, R. L. (1998). Invasion and spread of Callitriche stagnalis (Callitrichaceae) in North America. Rhodora, 25-38.