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240年の混乱に今決着をつけよう <インクリナータとピンネイト>

輪生の「パンタナル・レッドピンネイト」や「キューバルドウィジア」と対生の「ルドウィジア・インクリナータ」は同じ種のバリエーションであるとアクアリウムでは扱われがちです.

しかし,世界中のアクアリストが疑問に思っている筈です.

「本当にこいつら同じなのか?」

と.

事実,水草業界では有名人のカッセルマンが2003年にキューバルドをLudwigia inclinata var. verticillataと記載していますが,それも現状ではL. inclinataのシノニムとされています.実際に両者を扱ったことがある人ならだれでも,非常に納得がいかないと思います.

 

実をいうと,この疑問はもう239年にわたって様々な研究者を悩ませ,様々な学名が提唱されては消えていったあげく現在の状況に至っています.今日は大みそかなので,あと数時間もすれば混乱が240年に及ぶことでしょう.2021年の最後に,ひとまずこのブログを読んでいる人だけでもこの混沌を終結させようと思います.

 

まず,ピンネイトの水上葉には2型があるというのは紛れもない事実であります.このうち,対生~互生のものをα型,輪生~沈水葉をβ型と呼ぼうと思います.我々は栽培によって,β型は高水温期に主に形成され直立傾向で花が少なく,α型は大型化したり冷え込むと形成され,花を盛んに咲かせることを知っています.

”インクリナータ”の水上葉は茎がインクリナータより細くあまり含気もしておらず,葉も細長いですが対性~互生で,温度条件によって輪生になったりすることはありません.これは,(文献にはこのような表記はないですが便宜上)γ型とよんでおきましょう.

 

Ludwigia inclinataは1782年にリンネによりJussiaea inclinata命名されています.この頃はチョウジタデ属がLudwigia, ミズキンバイ属がJussiaea とされていました.この記載はかなりざっくりとしたもので,記載文のJussiaea が誤植でIussieuaになっていたりして,しかもラテン語であることもあって非常に読みづらいです.この原記載はピンネイトα型について述べており,草体については茎が丸く平滑で多孔性,葉は有柄の卵型で互生すると書かれています.

しかしこの記載には,ピンネイトβ型やγ型に関する記載はありません.これが混乱を後にもたらします.

 

1866年にはJussiaea repens var. inflataが記載されています.Jussiaea repensとは懐かしいですねえ,もう何十年も前にミズキンバイにこの学名が当てられており,ミズキンバイの水中葉がジャシアエア・レペンスとして流通したものです.脱線しましたね.これもピンネイトα型に関する記述です.ピンネイトα型は非常に含気が多く水によく浮くので,非常に納得がいくネーミングです.このシノニムは1869年には種に昇格し,Jussiaea inflataとされています.

 

1874年にはγ型がLudwigia potamogetonとして記載されています.

1875年より以前の時点でピンネイトβ型がJussiaea amazonicaおよびJussiaea verticillataと呼ばれており,1875年のFlora Brasiliensisではこれらアマゾン流域の輪生する個体群をLudwigia inclinataのβ型とし,リンネが記載したものや,Jussiaea inflataをα型としました.また,前年のLudwigia potamogetonに関しても支持しています.

 

1875年時点で

ピンネイトα型(互生)

Jussiaea inclinata L.f., Suppl. Pl. 235 (1782)

Jussiaea repens var. inflata C.Wright ex Griseb., Cat. Pl. Cub. [Grisebach] 107 (1866).

Jussiaea inflata Wright, J. Linn. Soc., Bot. 10: 478 (1869).

 

≒ピンネイトβ型(輪生)

Jussiaea verticillata Burch. ex Micheli, Fl. Bras. (Martius) 13(2): 159 (1875).

Jussiaea amazonica Spruce ex Micheli, Fl. Bras. (Martius) 13(2): 159 (1875).

 

”インクリナータ”γ型(所謂現在流通するインクリナータ)

Jussiaea potamogeton Micheli, Flora 57: 301 (1874).

 

1875年の時点で”インクリナータにまつわる3型について役者がそろったといえます.この時点では現在の「インクリナータ」と呼ばれている個体群は「ルドウィジア・ポタモゲトン」なる名前で呼ばれていました.名前の由来はもちろん,ポタモゲトンのような葉です.アクアリストなら納得でしょう.

1894年にはGómezがJussiaea inclinataLudwigia inclinataとして扱っています.

 

1944年にはMunzがアメリカのルドウィジアについてまとめる際,パナマで見つかった輪生するルドウィジアに対しLudwigia verticillata命名しており,LudwigiaのDantia節(つまりパルストリスやニードルリーフなどの北米産水生ルドウィジアと近縁)としています.この際わざわざ新種を表すsp. novをつけていますし,またこの頃の時点ではLudwigiaJussiaeaが別属なので,たまたま名前が被ったようです.

 

1953年には原寛によってLudwigiaJussiaeaが統合されました.

1979年にはRavenおよびTaiによってMunzのL. verticillataMyrtocarpus節のL. inclinataのシノニムであると指摘されています.この際,L. verticillataは下部の茎は輪生して直立し,上部の花を出す茎ではらせん状に葉が配置されるとしています(たしかに,互生ですが頂点側から見ればらせん状ですね).

1979年にはRamamoorthyによってLudwigiaMyrtocarpus節が再整理され,L. inclinataは新設されたHeterophylla節に移動されました.Ludwigia inclinataは水中葉および下部の葉は輪生し,上部の葉は互生する種とされ,MunzのL. verticillataL. inclinataのシノニムとされました.さらにRamamoorthyはLudwigia potamogetonも「葉が細長く茎があまりふくらまない型」としてシノニムとしました.

 

つまり,1979年にようやくα型とβ型が一つの植物として認識されるようになったものの,すぐにγ型も同じ植物として見られるようになってしまったということです.

 

その後,時期はいまいち不明ですが1980~90年代にはγ型(L. potamogeton)が「ルドウィジア・インクリナータ」として盛んに流通するようになります.90年代には真のL. inclinataが「ピンネイト」として流通,それにキューバルドが続きました.

2003年にKasselmanが中米の個体群についてMunzのL. verticillataを復活させ,Ludwigia inclinata var. verticillataとしました.

 

ここまでのまとめ.

ピンネイトα型(互生)

Ludwigia inclinata (L.f.) M.Gómez, Anales Soc. Esp. Hist. Nat. 23: 66 (1894).

Jussiaea inclinata L.f., Suppl. Pl. 235 (1782)

Jussiaea repens var. inflata C.Wright ex Griseb., Cat. Pl. Cub. [Grisebach] 107 (1866).

Jussiaea inflata Wright, J. Linn. Soc., Bot. 10: 478 (1869).

=ピンネイトβ型(輪生)

Jussiaea verticillata Burch. ex Micheli, Fl. Bras. (Martius) 13(2): 159 (1875).

Jussiaea amazonica Spruce ex Micheli, Fl. Bras. (Martius) 13(2): 159 (1875).

Ludwigia verticillata Munz, Bull. Torrey Bot. Club 71: 157 (1944).

Ludwigia inclinata var. verticillata (Munz) Kasselm., Aqua Pl. 28(2): 70 (2003).

 

≒”インクリナータ”γ型(所謂現在流通するインクリナータ)

Ludwigia potamogeton (Burch. ex Micheli) H.Hara, J. Jap. Bot. 28: 293 (1953).

Jussiaea potamogeton Micheli, Flora 57: 301 (1874).

Flora do Brasil 2020ではL. potamogetonL. inclinataのシノニムにするなど,「インクリナータ系は1種」とする説が2000~2010年代では有力であり,L. potamogetonの表記は1979年を最後に文献ではあまり見つからなくなります.

 

しかし,ここで今年の維管束植物チェックリスト

The World Checklist of Vascular Plants, a continuously updated resource for exploring global plant diversity | Scientific Data

にアクセプトされているのはといいますと...

Ludwigia inclinata (L.f.) M.Gómez, Anales Soc. Esp. Hist. Nat. 23: 66 (1894).

Ludwigia potamogeton (Burch. ex Micheli) H.Hara, J. Jap. Bot. 28: 293 (1953).

の二者であります.

 

それぞれ,L. inclinataは”ピンネイト”や”キューバルド”,L. potamogetonは”インクリナータ”として流通するものに対応します.つまりアクアリストの感想通り,両者は別種としてよいものです.

非常にすっきりしたのではないでしょうか?

 

非常に長くなりましたがまとめはシンプルです.

まとめ

・「ルドウィジア・インクリナータ」と水草業界が呼んできた草は,Ludwigia potamogeton (Burch. ex Micheli) H.Hara, J. Jap. Bot. 28: 293 (1953).である.

・「ピンネイト系」の輪生する水草は真のLudwigia inclinata (L.f.) M.Gómez, Anales Soc. Esp. Hist. Nat. 23: 66 (1894).である.